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| 1948(昭和23)年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 5.13 中日−阪神(白山) 新潟初のプロ公式戦は内容盛り沢山 前座試合に本塁打競争、そしてオチは“鴨2羽” |
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| Ver.2.1 02/20/2002 |
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| 新潟県内初のプロ野球公式戦は、中日ドラゴンズ−大阪タイガース(阪神)。1948(昭和23) 年5月13日(木)、新潟市営白山野球場で開催された。 オープニングの項でも若干触れたが、これまでプロ野球の公式戦は専ら、東京の後楽園球 場、名古屋の鳴海球場、阪神間の甲子園球場と西宮球場で開催されてきたが、全国各地の野球 ファンの要望に応え、また地方でのプロ野球の認知度を高めるため、日本野球連盟と地方紙各 社との間で協議した上で日程を編成した結果、ここ新潟でもプロ野球公式戦の開催が実現する 運びとなったのである。 この決定に伴い、試合当日はこの公式戦に先立ち、この中日・阪神両チームの混成軍と、県 内のノンプロチームのオールスターメンバーを集めて新たに編成される“オール新潟軍”との 前試合、今でいうところのプロ・アマ交流戦が予定されることになった。このため新潟市では 県・市野球連盟の尽力により、かつて早大のエース投手だった新潟クラブ野球団・石黒久三、 新潟鉄道局(現JR東日本新潟支社)のベテラン・皆川を主軸に、新潟クラブ、新潟コンマーシャ ル倶楽部、新潟鉄道局など、市内の社会人チームからベストメンバーを選出して合同練習を行 い、当日に備えた。 さて、県・市野球連盟の志賀会長のコメントには続きがある。戦前に開催されたオープン戦 の思い出話も兼ねた、今回の中日−阪神戦の展望だ。 「十数年前だったか、来港した巨人軍の中島が左中間に大本塁打をカッとばしたのをおぼ えているが、こんどはタイガースの別当、藤村、ドラゴンズの杉浦、大沢あたりがポン ポン打込んでくれるのではないだろうか」 当時の日本プロ野球は一リーグ制。開幕から一ヶ月を経て、第6節を終了した時点では南海 ホークス(現福岡ダイエー)が勝率.773で首位に立ち、以下2位から最下位の8位までは、ここ まで目まぐるしく順位が入れ替わるだんご状態となっている。ざっと紹介すると、2位・阪神 .565、3位・阪急.478、4位・巨人.476、5位・大陽.455、6位・急映.450、7位・金星.409、 そして最下位の中日が.381。阪神は戦前から伝統の“ダイナマイト打線”を引っ提げ、南海 の独走態勢に割って入りたいところ。シーズン前のチーム再編が仇となったか、滑り出しこそ 好調だったものの、徐々に勢いを失って最下位転落、今ひとつ波に乗れない中日も、分厚い投 手陣を看板に出直しを図りたい。 また、当日は先のオール新潟との前試合の他、ホームラン競争も行われることになってい た。ルールは、両チームから3人ずつが、自軍投手の投球を制限時間3分の間にフリー打撃し て、柵越えの数を競うというもの。勝利したチームには賞金も用意されている(夕刊ニイガタ 社)。戦前に開場したこの白山球場は両翼約330ft(100.6m)という、非常に広いフィールドを 誇っていた。これは改修される前の神宮球場とほぼ同規模。因みにこの頃の後楽園が約231ft というから、かなり広い。フェンスオーバーするにはまず、この白山球場の広いフィールド を越えなければならない。 この他、的当てホームラン賞(喫茶カネボウ、吉田組、県亜炭産業会、小林百貨店)なる懸 賞も用意された。両翼のポール際と、中堅のスコアボード両端の計4箇所に一間(約1.8m)四 方の的を設け、打球がこれに命中すると賞金が出る。もちろん、通常のホームラン賞(県知 事、新潟市長、モリ無線)も用意されており、賞金の他に電蓄(レコードプレーヤー)も贈呈 される。まさに戦後のプロ野球の華が本塁打であったことを物語る一端を感じさせる。 ホームラン賞以外の各賞は、打撃賞(AB倶楽部)、打点賞(松竹館)、盗塁賞(中村靴店)、フ ァインプレー賞(花月劇場)、勝利賞(東邦果精食品研究所)、更には残念賞(川崎塗装店)まで もが用意された。この残念賞、当日三振の数が最も多かった選手に贈られるもので、賞品は シャレと皮肉を込めて、生きた鴨2羽が用意されていた。 両チームは試合に先立ち新潟入り。まず阪神が前夜の12日午後8時25分着の列車で来港。 新潟駅にはタイガースナインを一目見ようと、100名余りの学生や子供たちが詰め掛け、身 動きもできないほど。一行が降り立つと「藤村だ!」「別当もいる!」と無数の嬌声が飛び び交い、ある者はボールを、ある者は紙を差し出して、必死にサインを求める大歓迎ぶりだ った。白山球場近くの西山旅館に宿舎を構えた阪神。しかしここでも子供たちの出迎えが待 っていた。門口に立って「呉さーん!」「金田さーん!」と選手の名を呼ぶ声が響く。背中 にボールを受けて負傷したため病欠中の若林監督に代わって、ここ新潟にチームを率いてや ってきた主将・藤村富美男は、門前に出ると善き父親然として「お前達、もう夜なんやし、 明日またおいで」と優しく断っていたものの、遂には子供たちにせがまれてぐいぐいと引っ 張られ、差し出されたボールや紙にサインをしていた。その藤村、若林監督が遠征に帯同し なかったことに地元記者らが触れると「大丈夫。若林はすぐ治りますよ」と気丈に答えた。 あす前試合で対戦するオール新潟のメンバーを尋ねるなど、準備に余念のない藤村。また 主砲・別当薫は「調子はどうですか」と尋ねられると、無言でニヤッと笑いかけ、自信満々 の表情を見せた。 夜10時を過ぎても、まだ旅館の前から帰ろうとしない子供達は「別当さん、明日ホームラ ン打ってね!俺も明日応援に行くからね!」と声援を送っていたという。 一方の中日は夜行列車で、当日朝に新潟入りした。 尚、お断りしておくが、この年の日本は5月2日から夏時間(サマータイム)を適用しており、 通常の日本標準時より1時間早くなっている。表記の時刻については、プラス1時間時差があ ることを考慮して頂ければと思う。 |
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「全県野球フアン待望の本社主催第一回日本野球新潟地方公式試合は風かおる五月のきよ う新潟市白山球場で阪神タイガース、中部日本ドラゴンズの両強豪チームを迎えてはなばな しく挙行される」。試合開催を告げる、当日の新潟日報の記事である。「阪神か、中日か」 と踊る文字にグラブ、バット、ボールをあしらった新聞広告も掲載された。 この日、白山球場周辺は未明からファンの列でごった返していた。球場には前日からの徹 夜組も数多く、一塁側スタンド前には「飯よりも野球が大好き」という市内の旅館の主人が、 午前0時前から一番乗りで待っていたという。2時、3時と経つに連れて、ファンが白山球場に 次々とやってきて、夜もすっかり明けた午前8時頃には4千人近い人垣が、球場の周囲を二重 三重になって取り囲んでいた。このため、本来予定されていた10時の開門を繰り上げ、9時に 観客の入場を開始。内外野の小さなスタンドは、たちまち満員に膨れ上がった。 さて、プロ野球が新潟に来るとなると、ファン心理としては仕事も学校も放り出してでも 球場に行って、ナマの試合を観たい、と思うのが本音だろう。市内のとある工場では、従業 員約200名のうち、実に3分の2までが欠勤届を提出して白山球場で観戦を洒落込もうという ありさまで、当日職場に残ったのは女性と年配者ばかり。これには根っからの野球好きの工 場長も同情的で、社長に対して繰り上げ休業を提案した。ところが、この社長氏はあまり野 球が好きではないため「休業は困る」と断固主張。とんだ対立をきたしていたという。 そうこうしているうちに、午前中はじっと我慢していた県庁や市役所、会社などで働く人 たちの中にも、正午になるとたまりかねて白山球場に“市内出張”する輩が続出。昼休み過 ぎの職場は、あたかも休日のようだった。 野球といえば売り子。特にアイスキャンデーはよく売れるもの。このプロ野球開催に合わ せ、市内の喫茶店は高校生を約20人雇った。絶好のアルバイトに、学生諸君も大いに張り切 っていた。ところが朝方はやや肌寒く「これは当てが外れた」と一様にしょげ返っていたと ころ、気遣われていた天候は徐々に回復し、時折陽射しも覗く、暑からず寒からずの絶好の 天気に。アイスキャンデーもよく売れて、「えー、アイスキャンデーはいかがですかー」と 張り上げる声も、次第に元気になっていった。 試合が始まる頃にはスタンドは人で溢れ返り、身動きすら出来ないほど。その数、実に約 1万5千人。待ちに待ったプロ野球が、遂に我が街にもやってきた…その喜びに胸を躍らせる 市民の様子が窺える。「別当が見たい」と、金沢から知人を頼って遠路はるばる観戦に訪れ たという会社員二人組もいた。NHK新潟放送局(JOQK)も第二放送で午後0時20分から、この 試合の模様を全県に向けて放送した。 そして外野スタンドには、赤・青・黒に彩られたホームラン競争用の4つの的が、アーチ が飛び込んでくるのを待ち構えていた。 |
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| <前試合> オール新潟−阪神・中日 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 正午前から両チームの選手が相次いで入場。11時半過ぎには黒いユニフォームに白い背番 号を付けた阪神の選手数名が一足先に入場。満員のスタンドから歓声がどっと沸き上がった。 続いて郷土ファンの期待を集めるオール新潟のメンバーが入場すると、「石黒ー!」と声援 が飛ぶ。中日・阪神両チームが外野でキャッチボールを始めると、子供たちは外野のフェン ス越しに鈴なりになって声援を送っていた。一方三塁側では、オール新潟がトス打撃を行っ ていた。そして迎えた前試合の試合前、始球式は連合軍新潟軍政部副部長・アルバート・T・ ジョーンズ少佐が、三塁側ダッグアウト上からグラウンドへボールを投じる、アメリカンス タイルで行われた。試合開始は午後0時30分、先攻はオール新潟。 混成軍は阪神・星沢、オール新潟は石黒の先発。立ち上がり、石黒は緩急を活かした投球 で、初回を三者凡退に打ち取った。2回、オール新潟は誰もの予想に反する猛攻を見せた。 一死から鈴木幸が右前打、伊狩の三ゴロの間に二進して、続く高野、家内が連続四球。二 死満塁となったところで、奥田が三塁線を破る安打を放って二者生還。更に鈴木治も左越え に2点適時二塁打、小野寺も左前適時打。石黒の三塁への当たりは、ボテボテなのが幸いして 内野安打。更に田辺が左へ適時打を放って、これで計6点。打者11人で5連打を含む6安打を浴 びせる猛攻で、一挙6点を挙げた。戦前予想では混成軍のコールド勝ちという大方の予想を裏 切る攻撃に、観客は度肝を抜かれた。ともあれ、プロ相手に天晴、である。 しかしその裏、プロの意地を見せたい混成軍は軟投の石黒を攻め、二死から中日・杉山が 左翼へソロ本塁打。3回にも阪神・奥井の適時打で2点。6回には、中日・笠石の二塁打を含む 4安打の猛攻で、じりじり押し寄せながら遂に同点に追い付いた。しかし混成軍は7回の好機 を逸し、試合は結局6−6の引分けに終わった。 だが、このオール新潟の健闘ぶりは、間もなく予選が開幕する都市対抗を前に、新潟のフ ァンに強い期待を抱かせた。特にプロ側から好評価だったのが、好投した石黒。中日の兼任 監督・杉浦清も、藤村も、そして連盟の記録員も異口同音に「石黒はいい球を投げる。新人 選手は緩急に翻弄されていた」と絶賛。ドローとはいえ、この試合は石黒の独壇場と言って も、決して過言ではなかった。 |
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<前試合> 12:30開始
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| ホームラン競争 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 続いてはホームラン競争。中日からは服部、杉浦、杉山。阪神からは玉置、別当、藤村の 両チーム各3名が登場した。ひとり当たりの持ち時間は3分。4つの的に当たれば賞金も弾む。 中日はまず、一人目の服部受弘が左越えに柵越えを1本打ち込んだ。続いて杉浦も、同じく 左翼へ1本アーチを架けた。ルーキーの巨漢・杉山悟は惜しくもフェンスに届かず、柵越えゼ ロ。代わって後攻の阪神は、一人目の玉置玉一は柵越えできず、続いて大歓声を浴びて打席 に入った別当は続けざまに大アーチを叩くものの、いずれも惜しくもファウル。そのたびに 場内からは「あ〜」「惜しいな」と溜め息が。結局3分間でノーアーチに終わる。そして大ト リは真打ち・藤村。「よしっ!」と気合満々に打席に向かうと、一球ごとに「うぉりゃっ!」 と声をあげてフルスイング。しかし、いずれもスタンドまであと一歩、というところで届か ず、遂に時間いっぱい。 結局、ホームラン競争は2−0で中日の勝ち。中日にはホームラン競争賞が、プレゼンタ ーの着物姿の女性から贈られた。やはり、広い白山球場でのオーバーフェンスは、たとえプ ロとて至難の業だったか。折からの逆風も吹いていた。しかし、プロ野球の華・ホームラン の魅力に、スタンドを超満員に埋め尽くしたファンは一球一球に期待を込めて声援を送り続 けていた。 |
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| いよいよプレイボール | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| そしていよいよ午後3時22分、日本野球公式戦・中日−阪神が始まった。 試合前の始球式、前試合と同様、連合軍新潟軍政部副部長・アルバート・T・ジョーンズ少 佐が、三塁側ダッグアウト上からグラウンドへボールを投じた。かくして、球審・円城寺の コールでプレイボール。阪神の先攻。 先発は中日が近藤貞雄、阪神が野崎泰一。 中日は初回、立ち上がり制球に苦しむ野崎を攻めたて、一死から国枝が四球で出ると、続 く茅野がカウントを取りに来た球を狙い打ち、右翼線に適時二塁打を放って1点を先制した。 4回は連打のあと、大沢の適時打で1点をもぎ取った。更に6回、8回には相手のエラーに乗じ るなどして各1点を挙げた。投げては近藤が、4回と8回以外はいずれのイニングも安打を打た れるものの、後続をきっちり絶って、9回に1点を失ったのみで完投。バックの好守もあった。 阪神の看板・ダイナマイト打線も、この日はこの近藤の前にちぐはぐ。計8安打を放ちなが らも3回、5回にはいずれも併殺でチャンスを潰し、6回には走者一人を置いて、二死から別当 が左前打、藤村が四球でチャンスを拡げて満塁。当時お得意の“6回攻勢”を掛けようかとい う場面で、土井垣は二遊間にヒット性の強い当たりを放った。しかしこれをショート・杉浦が ファインプレーで食い止めて藤村を二塁封殺。こうして絶好の当たりが好守に遭うなどツキも なく、大勢はここで決してしまった感もあった。 結局、4−1で中日が勝利した。試合終了は午後4時49分。ホームランこそ出なかったもの の、好打、好捕に、僅か1時間27分とスピーディな試合運び。満場のファンはプロ野球の魅力 を存分に味わったことだろう。 試合終了後、表彰式が行われた。最優秀選手は1失点完投勝利の近藤。打撃賞は2打数2安打 で打率10割の野崎。打点賞は各1打点の大沢兄、茅野、金田。盗塁賞は国枝。ファインプレー 賞は土井垣のヒット性の当たりを捌いた杉浦。残念ながら、ホームラン賞は該当者なし。 そして残念賞の鴨2羽だが、中日の3選手が1三振ずつで、阪神はゼロ。結局、二塁打を含め 5打数2安打と気を吐いた別当に贈られることになった。 各賞表彰者は場内から万雷の拍手を浴びたが、別当の鴨2羽には満場大爆笑。縄に繋がれた 鴨2羽がよちよちとフィールドを歩く姿は、実にのどかなもの。しかし、その縄を手にした当 の別当はどうしていいか解らず、苦笑いしていた。 新潟県内で初めてのプロ野球公式戦・中日−阪神は、こうして盛況裡に終わった。 |
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新潟県内初のプロ野球公式戦、最初の熱戦譜を刻み込んだ両チームは、転戦のため新潟を 去った。16日付(15日発売)夕刊ニイガタには、試合終了後の夜、中日・杉浦監督、阪神・藤 村主将他両チーム主力選手と、オール新潟に参戦した地元ノンプロ選手による座談会が行わ れた模様が掲載されている。 各選手の白山球場評は「全国的に見ても比較的良好。少し広すぎてホームランが出にくい が、あれくらいあってもいい。ホームランを増やすためにラッキーゾーンを造るのも面白い が」(中日・清水秀雄)「球場に便所がなかった」(阪神・後藤次男)「スコアボードに空間が あって、インコーナーの球が見難い。グラウンドも硬く、マウンドも低い感じがした」(杉浦 監督)「見せる野球の為には、スタンドをもう少し拡げないと将来性に乏しい。少なくとも内 野の収容人員は1万名くらい欲しい」(藤村)と、設備面での不備を指摘する声が相次いだ。 新潟のファン評は、藤村が「大人しすぎるな」と評すると、中日・大沢清も「実際大人し い。やっていても張り合いがない」と口を揃えた。地元のノンプロ選手によると「結構野球 を知らない人が多い。同じ野次り方でも、新潟の野次は汚いんですよ」と言うものの、杉浦 監督は「藤村は汚かったり、急所を突いてくるような野次を飛ばされると、観客に向かって 何らかの意思表示をするけれど、今日は何もなかったね」と、拍子抜けした様子だった。 今のように新幹線や飛行機、高速道路など、日本のどこにもないような時代。移動は専ら 汽車に揺られて、である。藤村は言う。「いい試合をやりたいのだが、何といっても試合数 が多過ぎる。汽車の旅をして、朝着いてすぐ試合では投手がかわいそうだ」。清水も「無理 なスケジュールはやめてほしいね。ファンの人にも気の毒だ」と続ける。東京・名古屋・大 阪での移動に加え、地方でのゲームも増えたため、この当時の移動の負担は計り知れないも のがある。 ところで別当が貰った、あの残念賞の鴨2羽。結局どうなったのだろうか? 後藤の証言によれば「ああ、庭に放り出してきたよ。別当さん、深刻な顔して鴨を歩かせ ていたね」、だそうである。 |
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5回戦 (中日 3勝2敗) 新潟市営白山野球場 15,000人 15:22開始 1時間27分
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