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1948(昭和23)年
08.15 中日−阪急(白山)
08.16 急映−南海(白山)


新潟初の2連戦
杉山が再び、そしてあの本塁打王・大下が初見参
Ver.2
02/17/2002

 日本野球公式戦が再び来県したのは真夏の8月。今度は4球団による2連戦の日程が組まれた。
15日(日)が中日ドラゴンズ−阪急ブレーブス(現オリックスブルーウェーブ)、翌16日(月)は
急映フライヤーズ(現日本ハムファイターズ)−南海ホークス(現福岡ダイエー)と決まった。
 前回と同じく信越シリーズだが、今度は阪急と中日が伊那・上田、南海と急映が長野から、
それぞれ転戦してくるシリーズ最終戦。主催は前回に続いて新潟日報社。7月19日付の社告で
は「さきに県下初の日本野球公式試合を主催して全県ファンの宿望に応えた本社はこのほど
(中略)第二回信越シリーズ新潟地区公式大野球戦を開催することに十七日、正式に決定した」
と伝えた。


07.25 (オープン戦?二軍公式戦?)
(1)金星・急映−新潟クラブ野球団
(2)金星−急映
 その公式戦の前、7月25日に白山球場でゲームを行ったチームがあった。金星スターズ(のち
の大映、その後吸収・合併などで大毎=現千葉ロッテマリーンズ)と、翌月新潟に見参予定の
急映フライヤーズ。共に二軍で、地元・新潟クラブ野球団との対戦と、両チームによるゲーム
とによる変則ダブルヘッダーを行っている。
 この試合は新潟秋葉興業部の主催で「北陸震災義援金造成」と銘打たれた。

 1ヶ月前の6月28日17時13分(サマータイム制のため、標準時より1時間早い)、福井県下の平
野部をM7.1の直下型大地震が襲った。“福井地震”である。3,728人の命が失われ、実に4万戸
近い家屋が倒壊、もしくは火災で失われるという甚大な被害を残した。この地震をきっかけに
気象庁が震度階級に「7」を追加したことが知られているが、その震度7が史上初めて適用され
たのが、1995(平成7)年1月17日の阪神・淡路大震災だった。

 震災に打ちひしがれた福井に送る義援金を募るために、この試合が組まれたということ。つ
まりは現代流に云うところのチャリティーゲームである。

 当日は、午後1時から第1試合、引き続き第2試合が行われた。
 第1試合、新潟クラブはエース・石黒久三の好調なピッチングで善戦したが、打線は急映・
野口正明の前に沈黙。勝利チームには1万円の懸賞金が用意されていたが、混成軍に渡った。
 第2試合、金星は田尻与一が三塁打2本を放つなど活躍。対する急映はエラーが続出するなど
興を殺ぐような場面もあり、第1よりもむしろ平凡な内容だった。



(第1試合)
新潟クラブ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
金星・急映 0 1 0 0 0 2 0 0 x 3

(新潟ク)石黒−鈴木治
(混成軍)野口(急映)−小林(急映)


(第2試合)
急 映 0 0 0 0 0 1 0 1 0 2
金 星 0 0 0 3 0 0 2 0 x 5

(急映)一言−鈴木
(金)木場−宮下兄


 ところで、地方球場としては非常に広い両翼約300ft(100.5m)を誇っていた白山球場だが、
前回の中日−阪神戦では1本も本塁打が出なかったということで、新たに両翼にラッキーゾー
ンを設置して280ft(85.3m)に短縮、ホームランを出やすくする措置をとることになった。こ
れにより、ここ新潟のファンがプロ選手の豪快なアーチをナマで観るチャンスが一層増加する
ことになるとあって、期待が一層高まるところである。


 さて、あれから3ヶ月を経て、ペナントレースの戦況はどうなったのかというと、南海の首
位は相変らず。だがここへ来て独走態勢が崩れ、阪神が必死にくっついて追いかけるという
展開に変わっていた。中位グループで5割ラインを超えているのは巨人、阪急。以下、負け越
している金星、中日、大陽、そして最下位の急映が生き残りにしのぎを削る、という状況だ。

 8月に入ってから、北海道と九州の二手に分かれて地方転戦を行ったプロ野球8球団。このう
ち、九州遠征後、西宮でのゲームを終えた4チームが、今回新潟にやってくる。中日と阪急は
長野県の伊那、上田からやってきて15日、南海と急映は京都から長野を経て新潟入りして16日
に、それぞれ試合を行い、いずれもこれが遠征の打ち上げになる。特に、首位の南海とAクラ
スを窺う阪急、前回の遠征で来県した中日、更には当時、戦後最大のスターと謳われたスラッ
ガー・大下弘が在籍する急映も来県するということで、県内では大いに注目されていた。

 その信越シリーズ来県を前にした8月13日付の新潟日報に「チャンスは君の手に、大下選手
が少年に送る言葉」と題打って、急映・大下弘のコメントが掲載された。プロ野球が復活した
46年には本塁打王(20本)、前年は二冠王(.315、HR17本)に輝くなど、戦後球史を代表するス
ラッガーであった。
 気候の恵まれない裏日本にも野球熱が高まってきたと聞いて、非常に
うれしく思っています。公式試合を新潟でやるのは二度目ですが
今度一位を争っている南海と、私達の急映が君達の前で力を尽して勝敗
を競うことになっています。
 私が野球を始めたのは小学校二年頃ですが、常に明るく、正しく、そ
して強く試合をしたいと考えてきました。私は野球の天才でもなんでも
ありません。ただ野球が好きで、身も心も投げこんだのが、次第に実を
結んだのでしょう。「好きこそものの上手なれ」という言葉があります。
 君達も名人といわれる立派な野球選手にならなくても、気持ち次第で
一流選手になれる。また、そのチャンスは君達のすべてに与えられてい
るのです。野球を愛し、野球に親しむ気持ちから、将来明るい希望を見
出して懸命に努力してくることを、心から願ってやみません。

実際は、公式戦としてはこれが初来県である。46年の阪神−セネター
 ス戦では左翼手で先発出場、投手として登板もしている。
 この言葉が、当時の少年達にどれほど勇気を与えたかは、世代の遥か離れた私には解らな
い。しかし、大下の言葉は五十余年を過ぎた現在も尚、いきいきとした艶を保っている。

 しかし、その大下の言葉の囲い記事の横には、気の重くなるニュースが掲載されていた。
 11日ニューヨーク発の外電によると、ご存知、元ヤンキースのベーブ・ルース氏(53歳)は、
肺などの病気のため入院生活を送っていたが、11日になって容態が急変し、危篤状態に陥っ
た。高熱も続くなど重体で、一刻の予断をも許さぬ病状。心配されるところである。



 今回の2連戦、活躍した選手には前回同様、スポンサーから各賞が贈られる。最優秀選手賞
(新潟日報社)、本塁打賞(県知事、新潟市長、新潟市議会長、越佐製氷冷凍、松竹館)、満塁本
塁打賞(モリ無線電気)、打撃賞(新潟実業社)、打点賞(新潟カネボウ)、ファインプレー賞(AB
クラブ、越後産業)、盗塁賞(中村靴店、西山運動具店)、勝利賞(東邦果精食品研究所、山長ハ
ム)、的当てホームラン賞(喫茶カネボウ、吉田組、県亜炭産業会、浅川園、中央信託銀行、今
成食品工業、新津宝屋百貨店。外野スタンドの的は計7個)、試合前のホームラン競争賞(夕刊
ニイガタ社)。そして例の残念賞(川崎塗装店)は今回も用意され、賞品は無論、鴨2匹だ。
 そして、今回はこれだけではない。両日とも試合開始前のアトラクションとして、仲英威氏
指揮によるニュースター・タンゴバンドの野外コンサートが行われる。更には試合中の場内ア
ナウンスには、初日は後楽園球場のウグイス嬢・青木福子さん(25)、2日目は甲子園球場のウ
グイス嬢・堀内慧子さん(25)が登場、ネット裏から新潟のファンに御目見得することになって
おり、2日間で東西のウグイス嬢の美声を耳にすることができるという、粋な計らいも用意さ
れていた。


 新潟入り前の長野県内2連戦では、12日(伊那)、13日(上田)とも中日が連勝を飾った。伊那
では打線が阪急のエース・野口二郎を打ち込み、投げては星田次郎が散発5安打1失点と好投し
て、9−1で圧勝。上田では服部受弘、今西錬太郎の先発で始まるも、中日が原田徳光の本塁
打などで圧倒し、6−0と完封勝ち。それもあってか、前夜の14日午後9時6分に新潟駅に到着
した両チーム一行約50名は、1台のバスに呉越同舟の移動となったが、ここまで連敗している
阪急サイドは、バスでまで中日と一緒に移動するのかとばかり、不満顔を見せていたという。
 ウグイス嬢として帯同した青木さんも選手同様、子供達の熱狂的な人気を浴びつつ新潟入り
した。「新潟は初めて来るところ。大観衆の前でアガリはしないかしら…」と、言葉少なに明
日の試合当日を案じていた。


●8.15 中日−阪急
 15日。終戦から3年が経つ。お盆休みとあって、炎天下をものともせず、スタンドを埋め尽
くす8,000人の観客が集まった白山球場。未明・早朝から続々とファンが集まって開門を待っ
ていた。白山球場でプロ野球や高校野球、社会人野球(この当時の流儀では「ノンプロ」と云
われた)などで大きな大会があると、入場第一番は遠路汽車でやって来て、前日から泊り込ん
で開門を待ち続けるというのがならわしだったというが、この日の一番乗りは地元・附属中学
3年生の8人組。前日夜9時から一塁側スタンド入口に陣取っていたという。折からの突風で蚊
がいなくなったので(この当時、全国的に日本脳炎が流行していた。死者も相次ぐなど、脳炎
を媒介するといわれる蚊は今以上に厄介なものだった)、白山公園からベンチを運び込んでき
て、蚊に刺されぬよう毛布に包まったもののなかなか寝付けず、試合の予想など談義をしてい
たとか。2番手は、いい年をした野球好きのおじさん達。午前0時頃から粘っていたが、明け方
には暑さとだるさ、眠気で疲れてしまい、一旦家人に替わってもらって、入場間近になって再
び列に現れたという。

 午前10時開場。スタンドはたちまち埋め尽くされた。
 ひと通り入場が済むと、すっかりコツを心得た売り子のバイト学生が、アイスキャンデーや
菓子など、様々な商品を慣れた手付きでてきぱきと売り捌いてゆく一方、まだ物売りに慣れて
いない県遺族会のおばさん達は、品物だけを先に渡しては代金をごまかされるという素人ぶり
を露呈していたとか。ある意味、微笑ましい光景ではある。
 炎天下で試合開始を待つスタンドの観客たち。日差しを除けるいでたちも様々で、カンカン
帽、麦わら帽、菅笠に頬かむり、こうもり傘を差す人もいる。南向きの白山球場、午前中に直
射日光が当たるのは一塁側なのに、どちらかというと三塁側よりも、こちらの方が混雑してい
る。一塁側に陣取るファンが云うには「午後になれば、こっちの方が日陰になる」。
なるほど、である。


 正午。仲英威氏指揮のニュースター・タンゴバンドの野外コンサートで、新潟2連戦が幕を
開けた。まず0時半に中日が入場、一塁側ダッグアウトに陣取った。場内アナウンスも放送を
開始し、青木さんの球場に響く美声に喝采。場内の人気を独占したという。1時には阪急も三
塁側ベンチ入りし、直ちにフリー打撃を開始した。
 両翼280ftに短縮されたフィールドは効果覿面だった。中日の杉浦、国枝、大沢兄、阪急の
野口明、古川、塚本らの打球が、ラッキーゾーンに続々と飛び込んでいった。
 うだるような暑さだというのに、審判団は蝶ネクタイに黒のブレザーといういでたち。現
在のように夏服なんてものはないし、主審のプロテクターは、かさばるアウトサイド式。
この姿に記者団が「こんなに暑いんですから、ワイキキシャツでも構わないでしょう」と気
遣うと、二出川審判は「いや、私たちはもう慣れてますから。野球の草分けの頃は、モーニ
ングを着てやったもんですよ」と、涼しい顔で言ってのけた。


 そして試合前の呼び物、ホームラン競争が1時半から開始された。
中日からは杉浦、杉山、服部、阪急からは小前、野口明、古川の両チーム各3選手が出場。こ
こでもラッキーゾーンの新設は霊験あらたかで、打球は次々と柵を越えてゆく。結局、中日は
杉浦5・杉山7・服部8の計20本、そして阪急は小前6・野口明6・古川9の計21本。しめて合計
41本のアーチが乱れ飛ぶ壮絶な打ち合いの末、21−20で阪急の勝ち。賞金は振袖姿の8歳の少
女・新谷アツ子さんから、最多の9本を放った代表・古川に手渡された。
 しかし一方で、ラッキーゾーン設置が思わぬアクシデントも呼んだ。ラッキーゾーンには
観客も入れられたのだが、右打者の打球が相次いで飛び込む左翼側では、猛打の洗礼に観客は
慌てて退却。市内に住む11歳の少年が打球を右胸に受け、打撲傷を負うなど怪我人も出た。
少年は「とんだ“ラッキーゾーン”だった」と、残念そうな顔をしていたそうだ。


 午後2時10分、球審・二出川のコールで試合開始。
 まず1回表、阪急は1死から塚本、古川、野口明の連続安打から、平井が安打して3点を先取。
3回には古川、野口明、楠、平井、小前の連続安打に左翼・杉山の失策を絡めて3点を追加。
6回には二塁打2本に、新潟でのプロ野球公式戦第1号となる、楠の2号ホームランも飛び出し
て5点を挙げて、完全に阪急のワンサイド。
 この楠のホームラン、打球は入道雲をバックに左翼方向へぐんぐん伸びてスタンドインし
た。本塁上で市長賞の金一封を受け取ると大喜び。大きなジェスチャーでスタンドに向かって
会釈を繰り返し、愛嬌を振りまいた。
 結局、阪急は先発全員の21安打。出場11選手中ヒットがなかったのは岩本ひとりだけ。中日
の先発左腕・清水、二番手・近藤の乱調が、この試合のすべてだった。
 中日打線の方も、阪急の先発・天保の速球と絶妙のコントロールの前に、僅かに散発5安打
で三塁も踏めず。伊那・上田の2連勝では9点、6点と好調だった打線もこの日は手も脚も出せ
ぬまま、天保に完封を許した。中日−阪急・信越シリーズ3連戦の最終戦は、3戦目にして成
った阪急の復讐裡に午後3時38分、試合終了。
 前回の前座試合で本塁打を放った杉山は三球三振するなど振るわず、途中交代。小学生のフ
ァンからは「杉山を出せ!長距離バッターは三振が多いもんなんだよ!」と、辛辣な野次も
飛んでいた。


 ●徳永公式記録員の話
 「中日は近藤を立て、清水のリリーフで行くべきだった。天保に完封された中日の打線
  は、21本の安打を記録した阪急に対し、わずか5本では到底勝味はなく、信越シリーズ
  で2連敗を喫している阪急が“どうしても勝つ”の積極的攻撃の前に屈してしまったと
  いえる」

 試合終了後の表彰式では、まず阪急の主将・上田藤夫に勝利賞の花束が笠原マリ子さん(8)
から、続いて勝利賞の副賞が贈呈された。最優秀選手は完封勝利の天保、打撃賞は6打数で5安
打と大当たりの野口明、打点賞は本塁打を含む4打点の楠に、それぞれ贈られた。
 主将を務める上田は、花束を受け取る際、マリ子さんに「お嬢さん、年はいくつですか?」
「お名前は?」「野球わかる?」と質問。もじもじする姿にニコニコ顔だった。
 そしてこの日も用意された残念賞・鴨2羽は、中日・山本マネージャーに贈られた。
さて、この鴨の行方は如何に。



13回戦 (阪急 8勝5敗)
新潟市営白山野球場 8,000人
14:10開始 1時間28分
3 0 3 0 0 5 0 0 1 12
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
(勝)天 保 9勝13敗
(敗)清 水 10勝8敗

(HR)楠 2号

阪 急   中 日
(5) 宮 崎 6 1 0 (8) 原 田 3 1 0
(9) 塚 本 5 2 1 H 服 部 1 0 0
9 野口二 1 1 0 (5) 国 枝 3 0 0
(8) 古 川 6 3 0 (6) 杉 浦 4 0 0
(3) 野口明 6 5 3 (3) 大沢兄 3 1 0
(2) 5 2 4 (9) 茅 野 3 0 0
(6) 平 井 5 3 3 (4) 山 本 3 0 0
(7) 小 前 2 1 0 (1) 清 水 0 0 0
7 岩 本 4 0 0 1 近 藤 2 1 0
(1) 天 保 3 1 0 1 宮 下 1 0 0
(4) 荒 木 5 2 1 (7) 杉 山 1 0 0
7 杉 江 2 1 0
(2) 笠 石 3 1 0


48 21 12 29 5 0
振8 球3 犠0 併2 残13 振3 球1 犠0 併0 残3


阪 急   中 日
天 保 9 30 5 3 1 0 清 水 2 13 7 2 0 5
近 藤 4 24 10 2 2 5
宮 下 3 15 4 4 1 1

(二塁打)宮崎、塚本、野口明
(盗塁)古川
(失策)国枝、杉山、笠石


●8.16 急映−南海
 その夜、翌日のゲームに先立ち、南海・急映両チームが来港した。ホームラン王・大下弘の
人気は特に高く、到着直後の新潟駅はファンで大賑わい。子供たちの「大下!大下!」の歓迎
に、大下はニコニコしながらサインや握手に応じた。急映は西山旅館に投宿した。
 翌日、16日付(15日発行)の夕刊ニイガタには、大下のインタビュー記事が掲載された。大下
はこの時点で、川上哲治(巨人)、西沢と並んで本塁打9本。トップを行く青田昇を追いかける
展開だった。

 Q:調子はどうですか?
大下:今は余り当たっていませんが、順調なペースを進んでいます。
   シーズンはじめに、映画(「花嫁選手」、急映全選手が撮影に参加)の撮影で
   眼をやられて、スランプに陥っていましたけど。
 Q:その映画は、好んで出演したのですか?
大下:いや、あれは会社から無理押しの形で出演させられたんです。ご存知のよう
   に、東急が大映と合併して急映になり、映画宣伝の意味から「ぜひ出て
   くれ」と引っ張り出されたんです。しかし今後はもう絶対に、試合を休んで
   まで映画に出る気はありません。

 (中略)
 Q:川上(巨人)は赤バット、大下さんは青バットですが、何か由来は?
大下:いや、別に由来なんかありません。
   ただ、青空に通ずるといった漠然たる気持ちから、青く塗っただけです。
   去年の4月ごろから使い始めたんですが、まあ打ったから良いようなもんで
   す。もし打てなかったら恥さらしでしたよ。
 Q:最近もずっと青バットを使っているんですか?
大下:今は使っていません。川上さんも赤バットは使っていないみたいですね。
   打ったボールに色が付くので、恐らく来年あたりから使用禁止になるかも
   しれません。
 Q:それは残念ですね。なぜ青バットを使わないんですか?
大下:ホームランダービーのトップに立ったらまた使います。今は当たってない
   ので、青バットは使ってません。青田(巨人)を抜いたら早速…。それも時
   期の問題ですけど。

 (中略)
 Q:ホームランの中で、一番印象に残るのは?
大下:さあ…。今年の1本目かな。今シーズンに入って20試合目くらいで、スラン
   プに低迷していた頃でしたから、とにかく早く打ちたい一心でした。それ
   だけに嬉しかった。
   地方に行った時、子供たちから「なんだ大下、さっぱり打たないや」と云
   われると辛いですよ。僕は本当にホームランを打ちたい一念なのに。
 Q:結婚を一年延期してまで野球に精進したというロマンスは?
大下:ええ。婚約をしてこの4月の予定だったんですけど…。冬季練習に行って、
   そして結局来年に延ばそうということになったんです。来年は僕としては
   結婚するつもりなんですが、これも周囲が反対すれば駄目になります。
   ウチの監督(苅田久徳)も、結婚を延ばさせたい意向なんです。
 Q:ファンレターも多いでしょうね。
大下:ええ。一日平均10通くらい来ます。子供が一番多いです。
   しかし新潟のファンは大人しいですね…。よろしく伝えて下さい。


※「花嫁選手」は、東映の前身で東京急行電鉄の関連会社・東横映画の制作。設立当初は
 制作部門のみで、配給は大映に委託していた。大映がフライヤーズに資本参加したと
 いう経緯には、このこともファクターとなっているようだ。

 試合当日の朝、旅館でくつろぐ急映ナイン。大下は、長持栄吉、白木義一郎らとトランプに
興じていた。旅館の前には、朝も早くから選手の姿を一目見ようと子供達が集まっていたが、
大下はその声を聞くと中座して、気さくにサインに応じた。
 午前中、近くの鏡淵小学校の児童一行が訪れ、大下は学生時代の思い出や、観戦の心得、青
バットの由来など、子供達の質問に丁寧に答えていた。真新しいバットにサインを求められる
と「球を追う子 きょうも元気で どこへやら」と、一句認(したた)めた。



 いよいよ遂にホームラン王・大下弘が、そして南海の剛球投手・別所昭が白山球場に登場す
る。前夜9時からの徹夜組もあり、朝には既に長蛇の人垣が白山球場を巻いた。開門予定は10
時だったが、これを大幅に繰り上げて、午前8時30分に入場を開始したが、この段階で内野は
ほぼ満席になった。正午過ぎには外野も埋まり始め、試合開始前には狭いスタンドが人で埋ま
った。前日も8,000人と入りはまずまず良かったが、この日は12,000人。千両役者・大下の登場
とあって大盛況である。
 その大下の青バット、エメラルドブルーに塗られたバットは豪快なスイングとあいまって、
ポンポンとアーチを産んでいた。安打王・川上哲治の赤バットと並び称され、戦後のプロ野球
を象徴するのが、彼のその青いバットである。だが大下、先のインタビュー通り、この日は何
も染色されていない普通のバットで試合に臨んだ。「ホームランダービーのトップに出たら、
青バットを使いますよ」と、記者陣に自信満々に語った。


 この日の場内アナウンスは、甲子園球場の堀内慧子さん。前日は後楽園の青木さんだから、
この2日間で東西のウグイス嬢の美声に聴き入ることができたのだ。2試合とも観戦したお客は
新潟に居ながらにして、ちょっとした得をしたわけだ。
 日赤の看護婦・Mさんは、野球規則はひと通り押さえているほどの大の野球ファン。カーン
という打球音が、音楽的且つ男性的で好きだそう。野球があるたびに試合への出張を命じられ
るうちに自然と野球を見るのが好きになったとかで、この日も是非見たいと“志願”して白山
球場にやって来た。
 熱中症(昔風に言えば日射病)で観客2名が運ばれるという炎天下。前日同様、様々な帽子や
傘がスタンドを埋めたが、ちょっと風流に、白山神社の池から拝借してきたハスの葉を傘代わ
りにする観客も。雫もしたたる瑞々しい葉の陰は日除けになるし、喉が渇いたら茎をしゃぶれ
ばいい。一石二鳥である。


 正午、前日同様、ニュースター・タンゴバンドの野外演奏に続いて、両チームがグラウンド
に登場すると、スタンドからはどっと歓声が沸き上がった。大下、小鶴、加藤、苅田に、山本
監督以下、飯田、笠原、堀井の強打者達が相次いで姿を見せ、フリー打撃を開始した。
 1時半からは試合前のホームラン競争。急映(鈴木圭3、小鶴6、大下2)、南海(飯田6、堀井4、
山本1)ともに11本で引き分けた。先に急映が3人を終えて、南海の最後の打者・山本が逆転を
賭けるも、結局1本のみに終わると、「ヘイ、ヘイ、ヘイ!」と急映ベンチから野次が飛ぶ。
すると、山本監督は苦笑しながら「やかましい!」とバットを振りかざしてみせた。
 2日続きの炎天下で、連荘観戦の観客の顔は真っ黒に日焼けし、中には汗が乾いて塩粒が噴
き出した顔も。この汗だくの観客達の姿に、同じく汗みどろになった南海・堀井数男は、看護
婦から食塩錠をもらい、飲み下すと「汗の原料を補給せにゃ、元気が出んよ」と笑わせた。


 試合は午後2時5分に始まったが、これが壮絶な打ち合い。先発は南海・中谷、急映・吉江。
 まず1回裏・急映が皆川、大下、小鶴の3連打で1点を先取。3回裏には皆川、加藤の安打に
四球、失策が絡んで1点。序盤は幸先よくフライヤーズが流れをつかんだ。
 ところが4回表、南海が畳み掛ける。吉江は暑さと転戦疲れからか球威がガタ落ちし、河西
が四球の後、笠原、山本、飯田、木塚、筒井と、一死を挟んで安打を連ね、一気に4点を挙げ
て逆転に成功。5回表には一気の猛攻で吉江、二番手・北川に襲いかかり、7点を追加して、
ホークスがワンサイドペースに持ち込んだかに見えた。
 ところが、4回から登板した南海の二番手・柚木が大誤算。こちらも夏バテとロードの疲れ
が出たか、5回裏に小鶴と加藤にヒットを許し1点。6回裏には6安打を浴びて5点を献上し、6回
を終わって11−8と、南海のリードは3点に縮まった。
 しかし南海が7回表に3点を追加して、試合はほぼ決まり。急映は8回裏に2点を挙げたが、そ
れまでだった。試合は16−10で南海の勝利。
 南海20、急映18の計38安打が乱れ飛ぶ打撃戦。そのうち1本が三塁打で、二塁打に至っては
何と12本と、本塁打こそないものの、長打戦でもあった。注目の大下は6打数2安打。いずれも
シングルで打点もなく、2三振。守ってはエラーも犯すなど、いいところを魅せることができ
なかった。しびれを切らした酔客から「大下ー!いったいどうしたんだー!?昨日は何してたん
だー!?」と痛烈な野次が飛ぶと、大下は顔を赤くしてベンチの奥に隠れるように座った。
 午後4時10分、ゲームセット。当時としては長い、2時間を超える熱戦だった。

 試合後の表彰式。勝利賞は南海、最優秀選手は6打数5安打の笠原、打撃賞は3打数3安打で打
率10割をマークした皆川(ここまでの3試合を振り返ると、打撃賞は安打数ではなく、打率で査
定していたようだ)、ファインプレー賞は、センターで再三好捕を見せた河西、打点賞は敗戦
ながら6打数4安打、うち2本が二塁打、打点3を稼いだ小鶴。
 そして、例の残念賞・鴨2羽は急映に。こうしてプロ選手たちに貰われて行った(?)鴨くん達
は、いったいどこで獲って来たのだろうか。当日、球場裏手の信濃川か、或いは少し足を延ば
して鳥屋野潟あたりにでも行って獲ったのだろうか。その辺は定かではない。



 さて、容体悪化が心配されていたベーブ・ルース(George Herman "Babe" Ruth Jr.)であった
が、ニューヨーク現地時間の16日、咽喉がんのため、遂に死去した。53歳の若さだった。





15回戦  (南海 8勝6敗1分)
新潟市営白山野球場 12,000人
14:05開始 2時間5分
0 0 0 4 7 1 3 0 1 16
1 0 1 0 1 5 0 2 0 10
(勝)柚 木 9勝8敗
(敗)吉 江 13勝13敗

南 海   急 映
(4) 安 井 5 2 1 (4) 金 山 6 1 0
(8) 河 西 5 3 2 (6) 皆 川 3 3 0
(9) 笠 原 6 5 2 H 白 木 1 0 0
(5) 山 本 3 1 1 (7) 大 下 6 2 0
5 土 屋 3 1 1 (3)5 小 鶴 6 4 3
(3) 飯 田 4 1 2 (9) 加 藤 3 2 1
(7) 堀 井 6 4 2 8 3 2 2
(6) 木 塚 5 1 1 (8)9 長 持 5 2 1
(2) 筒 井 5 1 1 (2) 藤 原 4 2 2
(1) 中 谷 1 0 0 (1) 吉 江 2 0 0
H 松 葉 1 0 0 1 北 川 3 0 0
1 柚 木 3 1 0 (5) 三 村 3 0 0
R 松 本 0 0 0 H 野 口 1 0 0
1 丸 山 0 0 0 3 鈴 木 0 0 0


47 20 13 46 18 9
振6 球5 犠0 併0 残9 振5 球4 犠0 併0 残13

南 海   急 映
中 谷 3 17 6 0 1 2 吉 江 4 2/3 28 10 3 5 6
柚 木 4 23 9 3 2 6 北 川 4 1/3 24 10 3 0 4
丸 山 2 10 3 2 1 2

(三塁打)長持
(二塁打)金山、皆川、小鶴2、藤原2、安井、河西、笠原2、
     飯田、柚木
(盗塁)笠原、土屋、木塚
(失策)大下、三村2、柚木
(暴投)丸山

(審判)PL三谷、1B筒井、3B杉村







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(1948)
05.13 D−T(白山)
<--> (1949)
05.19 G−D(白山)


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