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| 1949(昭和24)年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 05.19 巨人−中日(白山) 巨人、新潟公式戦初見参 西澤不在の不利を跳ね返し、中日が“全員野球”で見事快勝 |
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| Ver.2 02/21/2002 |
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| 読売ジャイアンツ。古式めかしく呼ぶと、東京読売巨人軍。その巨人は戦前、新潟市営 白山野球場で3度のオープン戦を行っている(手許の資料で判明している分のみ)。 1937(昭和12)年4月28日には、地元の新潟鉄道局(現JR東日本新潟支社)、名古屋紡績新潟 (現日東紡新潟工場。いずれも硬式野球部は既に廃部となっている)とダブルヘッダーを戦 い、12−0、24−1で2試合とも大勝。その年の春季・秋季の間となる7月31日〜8月2日に は対東京セネタース3連戦を行い、初日は10−0で巨人がワンサイドで勝利。翌1日はセネ タースが息詰まる投手戦の末、延長13回、1x−0でサヨナラ勝ち。最終日の2日は打って 変わって打撃戦となり、14−8で巨人が勝利している。 翌38年8月14日にも来港した巨人、今度はライオン(この後変遷を遂げるが、のちの松竹 ロビンス)とのダブルヘッダーで、7−6、5−3と連勝を収めている。 その巨人が、新潟で初めて公式戦として来県したのは1949(昭和24)年5月19日(木)、対 中日6回戦。主催は読売新聞社であった。 ただ残念ながら、新潟県立図書館には読売新聞新潟版のストックのうち、昭和20年代前 半の一部が存在しておらず、本文中における細かな部分のフォローが完全ではないことを 予めお断りしておく。 開幕以来好調の巨人、ここまでの対中日戦はいずれも緊迫した展開ながらも5連勝。投 手陣ではここまで8勝1敗のエース・藤本英雄を筆頭に中尾、川崎らが安定。打線も川上、 青田を軸に好調をキープしていた。 一方、スタートは出遅れた中日は、この時点で目下最下位。しかしこのシーズンから指 揮を振るう天知俊一監督のチーム再建策が、ここへ来て徐々に実り始めた頃。特に金星ス ターズ(のちの大映)から3年ぶりに中日に復帰した主砲・西澤道夫は15日まで15本塁打と 絶好調。前年のホームラン王は、前出の川上と青田が当時新記録の25本で分け合ったが、 西沢は5月半ばでこの数字。もちろん本塁打王、そしてシーズン本塁打数新記録の大本命 である。 |
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| 日本プロ野球の歴史を紐解くと、この1949年は荒れに荒れた。 前年オフ、巨人が南海のエース・別所昭(毅彦)投手の引抜きを画策した、いわゆる「別 所問題」が勃発した。巨人に罰金10万円、別所には2ヶ月間の出場停止が課せられたもの の、その後も別所は南海との話し合いに応じぬまま結局決裂し、巨人入りとなった。 シーズンに入り、4月14日には「三原ポカリ事件」が発生。巨人−南海(後楽園)で、併 殺を崩しにいった南海・筒井の走塁を巡って両チームが口論となる。これに業を煮やして ダッグアウトを飛び出した巨人・三原脩監督が、筒井を殴打したというもの。三原監督は 退場となり、実に1年間という重い出場停止処分を受けた(後に100日間に猶予)。 その他「本堂問題」「小林問題」など、この49年シーズン当初は荒れまくった。 5月19日付(18日発売)の夕刊ニイガタの囲み記事「球人抄 〜プロ球界から」には、こ れらの移籍・契約問題や暴行事件により、コミッショナーから出場停止処分を受けた4人 に関する話題が載った。「思えば今年ほどプロ球界に種々の話題を投げた年はない」「フ アンの声援に再びカムバツクする日まで−ネツト裏で静かに観戦する、いや待機する四人 のプロ球人」。プロ野球は人気商売。彼らの一挙手一投足が社会に及ぼす影響は測り知れ ない。「野球人たる前に社会人であれ」とは、いつか誰かが云った言葉だが、全く御意で ある。アスリートは、己もまた社会の一員であることを忘れてはならない。 試合前日の18日朝、まず中日が新潟入りした。 過去2度の公式戦で、新潟の野球ファンにはもうすっかり御馴染みとなったドラゴンズ。 杉浦、杉山、国枝らに加え、今季移籍してきた坪内、野口明、土屋ら、堂々たる顔ぶれ。 しかし、目下ホームランダービートップを走る西澤の姿がない。実は西澤、風邪をこじら せたため、遠征に帯同しなかったのだ。これには新潟のファンも残念がった。 中日の一行は源川旅館で旅装を解き、翌日に備えて白山球場で練習を行った。 同じく19日付の夕刊ニイガタから、天地監督のインタビュー。
のちに智将と謳われ、小西得郎氏らと共に“球界の粋人”と並び称されることになる 天地監督。この現状の苦しい台所を何とか乗り切り、中盤戦につなげたい。 一方の巨人だが、再三触れている通り、出場停止中の三原監督は新潟には帯同していな い。代わって指揮を執るのは、監督代行の中島治康である。17日、長野での対阪急戦を終 えて一泊した後長野を発ち、その夜、新潟駅到着。ジャイアンツナインは駅頭に詰め掛け たファンの熱狂的な歓迎を受け、宿舎に向かった。 宿舎に着いた後、インタビューに応じた中島監督代行は、次のように語っている。
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| 翌日は快晴に恵まれた。今回も現れた徹夜組も含めて、およそ2万人の観客が詰め掛け た白山球場。午前9時に開門されると、スタンドはたちまち立錐の余地なきほどに埋め尽 くされた。午前10時、前座イベントとして歌謡ショーが始まった。当時新潟郵便局(のち の新潟西、現新潟中郵便局)の外務員で、QK(NHK新潟放送局)の「のど自慢」で過去2度 優勝、関東甲信越大会でも準優勝の快挙を成した24歳の青年氏をはじめ、5人の歌声が信 濃川畔の球場に響き渡った。また正午からは、選手名鑑の観客抽選会などが行われた。 午後1時、両チーム選手が入場。ホームラン競争が行われた後、1時54分プレイボール。 主催は読売新聞社だが、変則で巨人の先攻(理由は不明)。 さて巨人だが、先発の一角を務める中尾碩志が、この前の長野での対阪急戦には帯同せ ず、チームより一日早く新潟入りして調整していた。そのため先発は間違いなく中尾かと 思いきや、中島監督代行はこの日の先発に、小松原博喜を立てるという奇襲を掛けた。 一方の中日の先発は、アンダースローの星田次郎。打線の軸となる頼みの主砲・西澤はい ない。巨人有利、中日は劣勢かと思われた。 しかし、巨人の奇策は空振りに終わった。中日は初回、先頭の坪内が初球を左翼線に二 塁打。続く原田の適時打でそつなく先制した。一死後、杉浦にも左前打を許すなど、小松 原は不安定な立ち上がりだった。 2回、巨人は川上の左中間二塁打と四球の後、藤原が右翼線へ2点適時二塁打を放って一 時逆転するが、中日はその裏、1四球と山本、坪内の連打で1点。3回には安打の杉浦を置い て、杉山が左中間380ftに設けられたラッキーゾーンに7号2ランを叩き込んだ。杉山は嬉し そうにダイヤモンドを一周。帽子を取ってニコニコ顔でファンの大声援に応えた。結局、 小松原はこの一発でノックアウト。そして当初先発を予想されていた中尾が、ここから救 援登板した。 だが中日は、4回にも追加点。二塁・千葉の失策で出塁した山本を、野口の左前適時打 で迎え、前半で5−2と突き放した。 中日は終盤にも追加点。巨人は7回、千葉の一塁を強襲する適時内野安打と、青田の放っ た当たりが二塁・山本のスパイクをかすめるラッキーな二塁打などにより2点を返し、1点 差に追い詰めた。尚も二、三塁に走者を置いて、声援を浴びながら川上がアットバット。 星田は初球、外へ敬遠気味の緩い球。2球目は外角いっぱいのストレート。そして3球目、 タイミングを外すスローカーブ。不振の川上は術中にはまり、中飛に倒れた。 ピンチを切り抜けた中日はその裏すかさず、杉山の右への飛球を萩原がエラーし、土屋 が左前に適時打。8回には原田が三塁前へセーフティバントを転がして出塁すると二盗を 決め、これを杉浦が、この日3本目のヒットを中前に運んで還し、駄目を押した。続く杉山 は中堅に大飛球を打ち上げたが、バックスクリーン手前、フェンスぎりぎりのところで青 田の好捕に阻まれた。しかしながら杉山に対して場内からは、川上、青田を凌ぐ歓声が起 こり、巨人ファンからも拍手喝采だった。 巨人は9回、中尾と白石を置いた場面で、青田に同点弾の期待がかかったものの、結局 三ゴロに終わった。試合は7−4で、中日の快勝に終わった。 中日はこれで対巨人今季初勝利。星田は9安打を浴びながらも、アンダーハンドから低 めにシュートを集めて巨人打線に仕事をさせず、完投で今季初白星を手にした。打線も 毎回の14安打。6番までが打点を挙げる猛攻で、先発全員出塁。芳村にヒットが出ていれ ば、先発全員安打となるところだった。欠場した西澤の穴を、気迫溢れる全員野球で埋め てみせた。 巨人は奇襲先発の小松原の誤算に加え、2番手で登板した中尾は速球に冴えを見せるも のの球威がなく、6イニングを投げて7安打を浴びたが、自責は1点。2つのエラーがいずれ も得点に絡んだのが痛かった。打線も元気なく、特に不調の川上のスイングフォームが中 盤以降崩れ気味で、新潟のファンをがっかりさせた。 それにしても「デカちゃん」こと杉山悟、白山球場での試合ではよく打つ。 前年の対阪神戦では前座試合で唯一の柵越え、そしてこの対巨人戦では公式戦として初の 本塁打に、あと一歩の大飛球。杉山にとって白山球場は、まさにホームグラウンドだ。 実はこのデカちゃんの真骨頂が、次の来港時に訪れることになる。 |
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6回戦 (巨人 5勝1敗) 新潟市営白山野球場 20,000人 13:54開始 1時間35分
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| (1948) 8.15 D−B(白山) 8.16 F−H(白山) |
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