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1950(昭和25)年
04.09 南海−東急(白山)

あまりの大混雑に、木戸まで壊れた白山球場
猛烈な打ち合い、そして最後は…劇的な幕切れ
 1950年から、プロ野球はセントラル、パシフィックの2リーグ制に移行した。
 そこに至るまで、経緯や騒動などはいろいろあったが、それについては触れない。
ここではあくまでも、プロ野球の醍醐味、ゲームの楽しさ、スターの魅力等々を存分に
味わって頂きたい。


 この年、最初に来たのはパ・リーグ。南海ホークス−東急フライヤーズ・1回戦。
第3節の最後の試合である。遠征は北陸3県を転戦してやってくる北陸シリーズの最終戦
で、主催は新潟日報社であった。
 南海はリーグ中、最も均整の取れたチーム力を誇り、攻走守に渡り充実。
一方東急は、粗削りながら潜在能力は充分。2日現在南海が首位、次いで毎日、そして
3位に東急。両チームともに上位戦線でしのぎを削っていた。

 さて、前日の8日昼、両チームは新潟駅に到着した。
この北陸シリーズは雨に祟られ、福井以下3試合が全部雨天中止となってしまった。
ブランクによる調整不足が心配だが、何とか勝って帰りたいところだ。選手たちは駅前
に鈴なりに取り巻く、サイン帳を手にした子供達を掻き分け、バスで白山の宿舎に各々
入り、すぐに白山球場で軽く練習をして、旅の疲れをほぐした。

 その練習中、ちょっとした球団マスコットが人気を博した。といっても、現在のよう
なぬいぐるみの類ではない。
 南海のプレイングマネージャー・山本(鶴岡)一人が、長男の泰くん(当時3歳)を、こ
の北陸シリーズに連れてきたのである。大阪に残してきた奥さんが臨月で、出産を控え
ていることから、気を利かせて遠征に連れて来たのだという。「H」のマークが入った
南海帽を被って、大きなグローブを手にしてボールと戯れ、練習中、ボールが飛び交う
グラウンドを、よちよちしつつもひょいひょい身体をかわしながら歩いてゆくその姿
は、練習を見に訪れた新潟の子供達を喜ばせた。
 その身重の奥さんだが、富山を出発する寸前に、大阪から「女の子が産まれた」との
電報が入ったとか。南海の給仕さんは「監督?それはもう喜んでますよ。試合でも活躍
するでしょうね。まあ、見てて下さいな」と自身満々に語った。


 そしてこの北陸シリーズにあたり、新潟日報はイベントを用意した。
この日午後8時から、古町の松竹館で前夜祭が行われたのである。
 ステージには白地に緑の鷹を染め抜いた南海旗、トリコロールカラーに「F」の文字が
入った東急旗、そして白地に赤で「新」の字を染め抜いた新潟日報社旗が飾られた。当
日は有料試写会も用意され、松竹館は押すな押すなの大盛況だった。
 壇上には、南海から飯田、中原、中谷、柚木、蔭山が背広姿で、東急からは揃いのス
タジアムジャンパー姿で大下、白木、上林、皆川、米川が登場。まず、ミス新潟の女性
2名から花束の贈呈が行われた。続いては、観客席へサインボールのサービス。選手各
1個ずつ10個が用意され、次々と悲鳴に近い歓声の中へと消えた。
 この後は趣向を変えて、両チーム選手の隠し芸披露が始まった。
南海からはエース・柚木進が恥ずかしそうに「ファンの方が多いのに驚きました。何も
考えてなくて困ったんですけど…」と言いながらも「男の涙」を玄人はだしに歌い上げ
て万雷の喝采を浴びた。かたや東急からは、この年からキャプテンに就いた大下弘。
大下の登場には観客も大喝采だった。「♪箱根八里は馬でも越すが〜」と「馬子唄」を
渋くうなって、また拍手。更にアンコールに応えて「ホームラン・ブギ」。「ご存知の
方はご一緒に」と、観客に呼びかけてから歌い始めはしたものの、そこは引っ込み思案
と揶揄された“新潟もん”(新潟市民を指してこう言います)のこと、観客は誰一人とし
て歌おうとしない。だが、大下は少々困惑しつつも歌い続けた。すると、観客のひとり
が突然「かっ飛ばせー、かっ飛ばせー!」と合いの手の野次を入れた。その途端、場内
は一転して、満場どっと湧き上がった。
 この楽しい前夜祭は時間にして40分程だったが、各選手とも観衆を魅了して余りあっ
た。
 さて大下、この前夜祭の後は近くのダンスホールに姿を現し、女性ファンの人気をか
っさらったとか。試合前夜は、まさに大下の独壇場といったところか。



 白山球場は前年夏、メインスタンドを改築したが、秋には更に一塁側スタンドも鉄筋
コンクリート造に生まれ変わった。収容人員も増え、この春の球場開きを迎えた。
 春爛漫の日曜日。この日は県下どこも晴天に恵まれ、新潟市内も雲ひとつない快晴。
前々週、前週と日曜日が天候に恵まれなかったこともあり、その分を取り返そうと、
少し早い花見へ、一家で競馬へと、多くの市民が行楽に繰り出した。この日の新潟駅の
降車人員は、平日平均の約2倍半を記録したという。

 試合開始予定は午後1時だが、一番乗りは前夜から徹夜で泊り込んだという“怖るべ
き子供たち”。弁当を夕食、朝食、昼食と三食分用意してきたという、用意周到な子供
もいた。そんな彼らを含め、徹夜組が600人ほど、それが朝5時頃には1,000人近くに増
え、8時頃には球場を三重四重に取り囲む長蛇の列が出来上がるありさまに、急遽9時の
開場予定を30分早めたものの、どっと流れ込んだ観客はあっという間にスタンドを埋め
尽くして、10時前には超満員となり、ネット裏から外野まで、立錐の余地もないほどで
あった。
 満員ともなるとそれなりに騒動も起きるもの。
 まず、三塁側スタンド入口の木戸に付いていた閂(かんぬき)が入場時の混雑で壊れて
しまった。この騒ぎに市役所の職員は「大変だ!市役所は大損だ」と悲鳴を上げた。
 先程紹介した、弁当を三食用意した子供たち。入場して三塁側ベンチの真上に陣取る
と、早速の朝ごはん。ところが誰かが、弁当を1個落としたらしく「弁当落とした人は
いない?」と、警備に当たっていた武装警官がスタンドを尋ねて回る。満員、しかも混
雑する場内に「しかしひどいもんだね。ああ、忙しい」と右往左往する光景は、ある意
味平和的で微笑ましいものだ。
 ネット裏の観客、席に座ったはいいが、やれ混雑して狭いわ、ネットは邪魔だわで、
一・三塁側の内野席への移動を希望する観客がぼつぼつ現れた。係員は「まあ、格下げ
ですからいいでしょう」と認めたそうだが、“格下げ”も妙なところで幅を利かせるも
のだ。
 また、この試合の観客には女性も目立った。
夜が明けかかった頃から、おにぎり持参で行列した美人の女性もいたとか。女子プロ野
球も始まろうかという御時世、「あたしも女子プロのテストを受けようかしら」などと
言う女性客も。


 午後0時半、南海、続いて東急の各選手が、拍手の中を入場。続いてフリーバッティ
ングに入り、場内から歓声が上がった。
 さて、東急のフリーバッティングは1時頃から始まったが、キャッチャーボックスに
入ったのは背番号50の大柄な選手。ファンは「いったい誰だ?確か50番は安藤総監督
じゃ…」と半信半疑のままグラウンドを見つめていたが、マスクを脱いだ50番は、やは
り総監督の安藤忍、その人。ニコニコ笑いながらプロテクターを井野川監督に渡してベ
ンチに戻ったが、フライヤーズのチームワークの良さを垣間見るシーンだった。



 試合開始前に、両チーム選手がサインボールをスタンドに投げ入れるサービスが行わ
れた。南寄りのそよ風が吹く中、試合開始。
 先発は南海がドロップの使い手・中原、東急が剛球で名を馳せる米川の、両エースが
登板。両投手とも好調な立ち上がりを見せ、序盤は投手戦の様相。

 静かな序盤。しかし、ここでハプニングが起こった。
2回表、東急の攻撃が始まる直前のこと。投球練習が終わり、捕手・松井がボールをセ
カンドへ転送したその時、二塁・木塚は球から目線を切っていてそれに気付かず、送球
を胸にまともに受けてしまった。木塚はその場にばったりと昏倒。場内は一時騒然とな
った。応急措置をするにも、現在のように医師が球場に常駐しているわけではない。観
客の中に外科医はいないかと捜したところ、新潟鉄道病院の医師、田中さんが担ぎ出さ
れた。専門は外科ではなく、産婦人科だそうだが、かつて北海クラブの選手で、無論、
大の野球好き。木塚は田中先生に付き添われて、近くの新潟医大病院(現新潟大医学部
附属病院)へ担ぎ込まれた。幸い、大事には至らなかったようだ。
 その木塚に代わってセカンドには、山本監督自らが入り、グラウンド内で采配を揮っ
た。実はこれが後々、試合の行方を左右することになる。
 3回裏、山本は声援を受け、最初のアットバット。しかし、高めの球を見逃して三振。
この判定に山本は「ボールや!ボールや!」と、球審・長谷川に詰め寄るも、無論覆ら
ない。観客からも「確かに高過ぎるんじゃ…」という声も。
 また4回表の東急、大下を一塁に置いて、上林の当たりは遊ゴロ。6-4-3と渡ってゲッ
ツーとなったが、この時も、一塁走者の大下の足が一瞬早く入ったようにも思え、これ
には大下も諦めきれない面持ちだった。「さっきの山本の時とでアイコだったりして」
などと囁く観客。パ・リーグはシーズン序盤から、審判の未熟なジャッジが問題視され
ていたとかで、ここ新潟でも「やっぱりか」と顰蹙(ひんしゅく)を買っていたようだ。

 さて、試合が動いたのはその4回の裏。南海は一・三塁から飯田の三ゴロの間に先取
点を挙げ、続く5回には二死から山本が左翼ラッキーゾーンへ1号2ランを放ち、中盤で
3点をリード。中原は、6回まで東急を2安打に抑える好投を見せた。
 しかし終盤、東急打線が一気に追い上げにかかる。7回、二塁打を放った鈴木が三塁
を欲張って憤死するも、中前打の片岡を置いて、原田が2号2ランを左翼ラッキーゾーン
に叩き込んだ。これで1点差。続く8回、右前打で出塁した皆川を置いて、浜田が11試合
連続安打となる1号2ランを左翼へ。遂に逆転に成功し、中原−松井のバッテリーを引き
摺り下ろした。しかし、代わった柚木−筒井も立ち上がりが悪く、鈴木が三失、片岡が
遊安打、原田が四球で二死満塁。しかしここで米川が倒れ、一気に畳み掛けることがで
きなかった。
 その裏、南海は笠原が四球の後、飯田が、代わった白木の2球目を左中間に叩き込ん
で2号2ラン。またも南海が1点リード。
 逆転劇はまだ続く。9回表、土壇場に追い込まれた東急は代打・保井が左前へ安打。
皆川が送ったところで、浜田が適時二塁打を放って同点。続いて大下も左前に適時打で
再逆転。しかし、大下が二盗を試みて憤死した。
 最終回で1点のビハインドと追い込まれた南海。蓑原が三ゴロに倒れて一死。しかし
この後、打線がつながる。山本が左中間に二塁打。そして、続く笠原がセンターに弾き
返した。ここで山本は自重して三塁でストップ。間違いなく同点のチャンスだっただけ
に、何故止まったのか。山本監督はこの試合の行方を、飯田のバッティングに賭けたの
だ。そしてこの判断が、ドラマを生んだ。
 飯田はそんな山本監督の期待に、最高の形で応えた。白木の2球目を捉え、カーンと
いう打球音と共にボールは左へ飛んだ。そのフライはぐんぐん伸びて、何と3号逆転サ
ヨナラ3ラン。
 南海の劇的なサヨナラ勝ち。場内を大歓声が渦巻く中、山本、笠原が相次いでホーム
を踏み、そして飯田が還って来た。一塁側ダッグアウトから飛び出したホークスナイン
は、ホームプレートを取り囲み、ベースを一周して還ってきた殊勲の飯田を、みんなで
胴上げして大喜び。
 かたや、サヨナラ被弾のエース・白木は呆然自失の表情。同じく粛として声もない、
フライヤーズ側のダッグアウト。

 こうして、空中戦も絡んで両チーム24安打が飛び出した乱打戦は、この日2ホーマー
を放った、飯田の逆転サヨナラ弾でピリオドが打たれた。この試合の最高殊勲賞はもち
ろん、飯田に贈られた。





 因みに、第2節までに7ホーマーを被弾している、東急のこの日の先発・米川。この日
も山本に1本打たれて、今季8本目の“ホームラン配給”だ。リリーフの白木も、この試
合で飯田に2本打たれて7被本塁打。ワースト1、2を、東急のエース2枚が占めるという
異常事態であった。



1回戦 (南海 1勝)
新潟市営白山野球場 20,000人
: 開始 2時間25分
0 0 0 0 0 0 2 2 2 6
0 0 0 1 2 0 0 2 3x 8
(勝) 柚木
(敗) 白木
(HR) 山本1号、原田2号、浜田1号、飯田2号,3号

東 急   南 海
(6) 皆 川 3 1 0 (8) 松 葉 3 0 0
(4) 浜 田 5 2 3 H 村 上 1 0 0
(8) 大 下 4 1 1 8 蓑 原 1 0 0
(7) 常 見 5 2 0 (4) 木 塚 1 0 0
(2) 上 林 2 0 0 4 山 本 4 2 2
2 鈴 木 3 1 0 (9) 笠 原 3 1 0
(9) 片 岡 4 2 0 (3) 飯 田 5 3 6
(3) 原 田 2 2 2 (7) 堀 井 4 1 0
(1) 米 川 4 0 0 (5) 黒 田 4 1 0
1 白 木 0 0 0 5 蔭 山 0 0 0
(5) 斎 藤 3 0 0 (6) 長 沢 4 0 0
5 保 井 1 1 0 (2) 松 井 2 1 0
2 筒 井 1 1 0
(1) 中 原 3 2 0
1 柚 木 1 0 0


36 12 6 37 12 8
振5 球4 犠1 併 残 振3 球3 犠0 併 残

東 急   南 海
米 川 中 原
白 木 柚 木

(審判)PL長谷川、1B大貫、3B横沢

(三塁打)堀井
(二塁打)鈴木、浜田、中原、山本
(盗塁)片岡、原田、蓑原
(失策)蔭山






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(1949)interlude
そうだ、迷わず
<--> (1950)
06.03 O−F(高田)
06.04 O−B、F−B(白山)
06.05 O−F(栃鉄悠久山)
※中止


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