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| 1950(昭和25)年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 08.12 阪神−西日本、巨人−国鉄(悠久山) 4ホーマーが飛び交う打撃戦と、息詰まる投手戦 豪華絢爛、セ・新潟シリーズ初日 |
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| 7月20日付の新潟日報、白山球場の巨人−大洋の試合結果を報じる記事の横に、野球ファン にはたまらなかったであろう、大きな知らせが載った。
この13日(日)の新発田での試合前日、12日(土)には長岡・悠久山野球場で阪神−西日本、 巨人−国鉄が組まれた。 長岡の試合は、7月20日に開幕した県産業博覧会(長岡博)開催記念として組まれたもの。 主催は新潟県産業博覧会、後援は栃尾鉄道(現越後交通)、読売新聞社、県産業博協賛会、 新潟鉄道局(現JR東日本新潟支社)であった。 このページとは別に紹介する新発田での試合は、上記の通り、新たに完成した新発田市営 球場の柿落としとして決定されたもの。新発田市と新発田市野球連盟の主催であった。 巨人は2ヶ月連続の新潟での試合。この年は、高田を除く県下の主要都市を巡ったことに なる。阪神は、新潟初のプロ公式戦以来、2年強ぶりの新潟入りとなる。 新進の国鉄スワローズ(現ヤクルト)は、この年一番最後に創設されたチーム。主な戦力は 全国の鉄道局の野球部員であったが、その中に新潟県出身の選手がいた。 土佐内吉治(とさうち・きちじ)。山形県鶴岡市出身、新潟鉄道局のエースで主軸打者だっ た彼も、創設メンバーの一人に名を連ねた。だが、内野手の層は分厚く、残念ながらスワロ ーズに籍を置いたのはこの年と翌51年の2年間だけ。退団後は新潟に戻り、再び新鉄局の主 力として、また現役晩年はコーチ・監督としても手腕を振るった。県内では高校野球の解説 でも御馴染みだった。 西日本パイレーツは、2リーグ分立時に西日本鉄道と西日本新聞の、福岡の2社が新球団を 立ち上げようとしたものの、セとパ、どちらに所属するかで揉め、西鉄がクリッパーズ(現 西武ライオンズ)を結成してパに所属したのに対して、セ所属を主張していた西日本新聞側 が立ち上げた球団。だが、さすがに無理が祟ってすぐに運営難に陥り、翌51年からは西鉄に 吸収された。 前日夕方前に同じ列車で長岡入りした4球団。長岡駅前では大勢のファンにもみくちゃに されながら宿舎に入り、選手たちは旅装を解く間もなく、少年達のサイン攻めに遭った。 無論、試合当日は盛況を極め、快晴の空の下、ファンは未明から悠久山に詰めかけた。 朝8時半開場、11時半から阪神、西日本の順で打撃練習を各30分行った。第1試合開始前に はネット裏、内野席は立錐の余地もないほどに埋まった。 試合前には、新潟少年学院収容児代表にボールとバットの寄贈式と、ミス長岡博から阪 神・御園生、西日本・清原両主将に花束の贈呈が行われた。始球式は松田・長岡市長。 炎天下の悠久山球場。緑の森の中に、スタンドが白く浮かび上がった。この日、午後2時 には34.4度を記録するという猛暑。不規則にたなびく扇の波が、スタンドを真夏色に染め 上げていた。 |
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| (1)阪神−西日本 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 試合開始は午後1時。先攻は西日。 先発は、阪神が野崎、西日が緒方。序盤、この緒方が阪神自慢のダイナマイト打線の格好 の餌食にされる。初回、後藤に外角のシュートを狙い澄まして鋭くミートし、右中間に二塁 打をされてから球威を失い、いきなり4失点。更に3回に1点、4回には2点を立て続けに失っ た。緒方は4回までに9被安打。うち二塁打3、三塁打1、HR1と長打攻勢に屈した。 一方の野崎も、ここまで苦しいチームの屋台骨を背負って酷使され続けたのが祟ったか、 中盤に少々バテ気味になり、7回までに永利、関口の本塁打などを含む10安打を浴びた。 西日はこうして安打が出るものの、阪神の二塁・白坂が併殺に3度絡んでチャンスを潰し、 左翼・金田、中堅・後藤の阪神外野陣のファインプレーに遭ったりと、追撃機をことごとく 逃してしまった。 そうこうしているうちに、猛虎打線が駄目を押す。7回、新人の渡辺がこの日2本目となる 2号3ランを放って、止めを刺した。 第1試合は4本のホームランが飛び交う、豪快な空中戦。序盤に大量点を挙げた阪神に軍配 が上がった。 |
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9回戦 (阪神 5勝3敗1分) 長岡・悠久山野球場 -人 --:--開始 -時間-分(中断-分)
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| (2)巨人−国鉄 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 続いて第2試合。試合前には第1試合と同様、花束贈呈が行われた。 受け取ったのは巨人・水原監督と、国鉄からは地元出身の土佐内。 その土佐内は、百合子夫人を同伴しての帰郷。この日は、新鉄局の皆川監督も応援に長岡 まで掛け付け、ファンもこの日一番の声援を送っていた。「スポーツ向上のため、がんばり ます」と、元気に新聞社のインタビューに応える姿は、当時の県下の野球ファンには頼もし いものだったに違いない。 この第2試合の始まる頃には、スタンドは外野席もほぼ埋まり、球場に入り切れなかった ファンは、付近の民家の屋根まで埋め尽くすという、物凄い盛況ぶりを見せていた。 先発は巨人が中尾、国鉄が高橋の、両左腕エースの一騎打ち。土佐内も、7番二塁でスタ メンに名を連ねた。第2試合は、第1とは打って変わって、壮絶な投手戦を展開。中尾は5回 まで毎回奪三振。高橋も伸びのあるストレートと、鋭く落ちるカーブが冴えて、両者とも 隙を与えない。 試合が動いたのは5回表。国鉄は、二塁打で出た小田切を、中村が左前適時打で還して先 制した。かたや巨人も少ないチャンスをものにする。6回裏、千葉が四球を選んで出塁し、 暴投で二進。ここで川上が一、二塁間を抜く適時打を放ち、同点に追い付いた。 しかし、両チームとも安打は散発。決め手がないまま9回裏を迎え、このまま延長戦突入 を思わせたが、ここから風雲急を告げる展開になる。まず、先頭の川上が右前打。これを 藤田がエラーして二進。続く青田は四球。塁が2つ埋まって、ここで手塚が犠打を試みたが、 これを高橋がエラー。一気に無死満塁となった。 巨人はここで、エースを立て続けに代打に立たせた。まず、藤本を出すが、遊ゴロに打ち 取られ、三塁走者・川上は本塁で封殺。しかし続く代打の別所の場面で、高橋が投じた初球 を、捕手・宇佐美が後ろに逸らしてしまった。国鉄は万事休した。三塁から青田が本塁を陥 れ、サヨナラゲームとなった。 息が詰まりそうな、緊迫した投手戦。双方とも先発完投で、巨人が3安打、国鉄5安打。し かし最後はパスボールで決まるという、余りに呆気ない幕の下り方であった。 尚、注目の土佐内は1打数ノーヒット。途中で福田と交替し、地元ファンにいいところが 見せられなかった。 |
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11回戦 (巨人 9勝1敗1分) 長岡・悠久山野球場 -人 --:--開始 -時間-分(中断-分)
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| (1950) 07.18 G−W(柏高グ)、19(白山) |
<--> | (1950) 08.13 S−P、G−T(新発田) |