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| 1951(昭和26)年 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 巨人−大洋 09.04(白山) 09.05(悠久山) 初日は14安打、2日目も13安打と打棒爆発 藤本、別所で2連勝、大洋に昨年の雪辱果たす |
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| 9月には、昨年に続いて巨人−大洋が行われた。 以下は、8月23日付読売新聞新潟版に掲載された社告から。
決行)。主催は読売新聞社、後援は大和百貨店、新潟コンマーシャル倶楽部後援会、北越商業高 校(現北越高校)PTA、長岡クラブ後援会など。このように、今回の2連戦には地元のクラブチー ムの後援会が協賛に加わった。しかし高校の父兄会が名を連ねたのは、かなり珍しいケースでは なかろうか。 両チームのここまでの戦績は、9月3日現在で、巨人が63勝24敗6分、.724で首位。2位名古屋 に13ゲーム差を付け、初のリーグ優勝に向けて独走を続けていた。何といっても、この年の打 線は凄かった。この時点で、チーム打率は実に2割9分に迫らんというところ。主軸も好調で、 川上はバットマンレースのトップ(.359)に立ち、青田は岩本(松竹)と並んで27本の本塁打を放 っていた。そして、この年入団した“ウォーリー”こと与那嶺要。機動力と攻撃性をチームに 注入し、リードオフマンとして活躍した。戦後の外国人選手ブームの引き金となったのが、こ のウォーリーの活躍である。投手陣では新人の松田清が大活躍。5月23日から、何と13連勝。 戦前の40年にスタルヒン(巨人、当時は須田博と改名)がマークした、当時プロ野球記録だった 18連勝に迫る勢いで連勝を続けていた。 一方の大洋は、昨年設立されたセ新球団4つの中で唯一勝ち越して、順調な船出を見せた。 だが、2年目の躍進への期待を裏切り、ここまでは33勝47敗4分、.413と低迷。7球団中6位に 甘んじていた。とはいえ、打線は引けを取らない。安居は.345で川上に次いで打率2位、杉浦 は13本塁打を放って本塁打6位に立っていた。打線には藤井、大沢ら長打力のある打者もおり、 一度火が点けば手の付けようがなくなる潜在力を持っているだけに、油断は禁物。不安定だっ た投手力も、巨人キラーの今西が復調したことで、不安材料は減ったといえる。 実は巨人、白山球場での公式戦で勝ったことが、まだ一度もない。初来県の48年・対中日戦 は4−7、50年の対大洋戦は6−4と、2試合いずれも敗戦。また大洋には前年、柏崎、白山 で2連敗を喫している。前年と同じ顔合わせ。巨人としては何としても雪辱を期したいところ ではないか。 さて、この頃の球界は何かと慌しかったようである。 8月19日には中日スタヂアム(現ナゴヤ球場)が全焼し、死傷者300人以上を出す大惨事となっ た(別掲)。また、不況下で電力制限が行われている影響で、セ・パ両リーグはこれに協力する ために、公式戦のナイター開催を一時見合わせることになりパ・リーグは、6〜8日に後楽園で 行うダブルヘッダーの開始時間を繰り上げてデーゲームに変更し、セ・リーグも6・7日の両日 に開催する大阪球場での試合を午後2時開始に変更した。 |
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| ●09.04 白山 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 新潟市古町7の大和百貨店新潟店(現呼称は新潟大和)。巨人−大洋戦の1週間前の、8月28日 から9月2日まで「夏の大棚ざらえ」と銘打って、今で言うところの夏物売り尽くし、全館大売 出しセールを開催した。その中身はというと、 1階:新型ハンドバックの半額奉仕 2階:夏物肌着はんぱ物大会 綿半袖開衿の4割大奉仕 3階:紳士麻ズボン値下げ大奉仕 900円より 秋の新柄西陣御召陳列会 4階:新柄アルバム 市価の半額大奉仕 5階:新潟県特産 堆朱セット 記念品に好適の新潟県特産 銅半打製茶器大奉仕 と、8月28日付(27日発行)の新潟日報夕刊の広告にある。他にも「地上百数十尺近郊一望の 大観覧車(1回10円)」「涼味満点屋上ビアーガーデン(大ジョッキ140円、ツマミ付)」など、種 種の趣向を凝らした屋上の設備やイベントを知らせる広告もあった。大和は、現在も柾谷小路 を挟んで向かい合う小林百貨店(現新潟三越)と、熾烈な販売合戦を繰り広げていたことを窺い 知らせる。というのもこの頃の日報夕刊、一面の一番上の部分は、日付、紙名タイトル、ショ ート随想の「プリズム」欄を挟んで、左側が小林デパート、そして右が大和の広告欄だったの だ。この“デパート戦争”が巨人戦にどう絡むのかというと、上に挙げた通り、大和はこの試 合のスポンサーである。先に触れた棚ざらえ期間中に、大和で500円以上買い上げたお客には、 この巨人戦の招待券を1枚進呈した。プロ野球の地方ゲームもまた、デパートの販売戦略の一 環ということだ。 因みにこの2連戦の入場料は、ネット裏300円(悠久山は250円)、内外野共通100円(当日150 円)だった。 3日夕方5時過ぎ着の列車で、両チームは新潟入り。車に分乗して巨人は源川、大洋は大野屋 の両旅館に入った。 さて、この2連戦の注目は巨人の新人サウスポー・松田清。上記の通り5月23日以来、無傷の 13連勝中。左腕から繰り出す速球と切れ味鋭いカーブが持ち味だ。そんな松田が、宿舎の源川 旅館でインタビューを受ける姿をお読み頂きたい。 この日はちょうど、戦死した父・俊夫さんの命日。遥か東京の方角に向かって静かに手を合 わせる姿がいじらしかった。
この新潟2連戦での出番はなかったが、結局この後、シーズン最後の登板となった10月4日の試 合も勝って、連勝を19まで伸ばし、当時のプロ野球記録を樹立した(参考:翌年最初の登板でも 勝利して、個人連勝自体は20まで伸びた)。 この個人シーズン連勝記録“19”は、現在もセ・リーグ記録として燦然と輝く。 因みに現在のプロ野球記録は、稲尾和久(西鉄)が57年にマークした20連勝である。 翌4日、新潟には一年ぶりの御目見得となった巨人戦を迎えた白山球場は大盛況。平日で、し かも試合開始は午後4時だというのに、ファンは朝早くから詰めかけて、午前10時の開門と共に スタンドは人で埋まり、午後2時過ぎには内外野とも真っ白に染まり上がった。 午後2時半から巨人、3時から大洋がそれぞれ球場に入り、フリーバッティングが行われた。 初秋の青空に長い弧を描く打球に、観客はしばし目を奪われた。 試合開始前、ミス新潟、ミス大和から花束の贈呈。巨人・水原大洋・有馬両監督が受け取った。 先発は巨人・藤本、大洋・片山。 藤本は前年6月28日、青森市営球場の対西日本10回戦で、日本プロ野球史上初の完全試合を達 成したことは、余りにも有名。実は今回の新潟遠征の前の8月29日、対阪神戦(後楽園)でも、1安 打完封をやってのけている。1回一死から、河西にヒット1本を打たれたのみで、あとは四死球2 だけという、完璧な内容。しかし前年の新潟(北陸)シリーズ、対大洋11回戦(柏崎高グ)では立ち 上がりを打ち込まれて負け投手になっている。この辺が不安材料と言えばそうか。 しかし、今回は前年のお返しとばかりに、序盤に巨人が猛攻を見せる。 2回、平井、与那嶺の二塁打を含む5安打を集中。これで一挙5点を先制して、試合の主導権を握 った。3、7回にもそれぞれ2点を追加。合計14安打の猛攻で、完全にワンサイド。 藤本は、速球とスライダーが冴え渡り、何と6回二死まで無安打、無四球のパーフェクトピッチ ングを展開した。しかし、9番に入った、大洋の2番手投手・渡辺が、二塁寄りのヒットを放って 完全試合は阻止された。しかし結局、大洋の得点は8回、ショートの平山のエラーの間の1点のみ。 藤本は大洋打線を単打4本に仕留めて完投勝ち。 巨人は5月12日以来となる、対大洋10連勝を飾った。 |
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17回戦 (巨人 13勝2敗2分) 新潟市営白山野球場 -人 --:--開始 -時間--分
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| ●09.05 悠久山 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 長岡市郊外の悠久山野球場。 試合当日は、市内外、近郊はもとより、遠く三条、小千谷、柏崎方面からも続々と観客が殺到し、 試合開始前には内外野のスタンドが白一色に塗りつぶされた。 午後3時半頃、巨人、続いて大洋の両チームは万雷の拍手に迎えられてグラウンドにやってき た。フリーバッティングなどの練習の後、ミス・ドレスメーカーから水原、有馬両監督に花束贈 呈。そして、松田・長岡市長の始球式で試合開始。 先発は、巨人・別所、大洋・今西。 先制はこの日も巨人。2回、川上が場外へ9号アーチ。別所も6号2ランをかっ飛ばすなど、4安打 1敵失を絡めて、大量4点を先制。3回は、青田の28号ソロで1点。序盤に5点を奪って、一気にワン サイドの展開になるかと思いきや、大洋も粘りを見せる。 4回、別所が大洋打線に集中打を浴びる。杉浦の14号など、5安打2四球で4点を失い、更に終盤 7回にも荒木の二塁打などで1点を献上。7回表を終わって、5−5の同点にもつれ込んだ。 しかしその裏、青田、川上の2者連続二塁打など3点を追加して突き放し、8回には楠の5号ソロ で駄目押し。 巨人が終盤に底力を見せつけて快勝。対大洋11連勝を飾った。 |
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18回戦 (巨人 14勝2敗2分) 長岡・悠久山野球場 −人 --:--開始 -時間--分
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| (1951) 04.21 S−R(栃鉄悠久山)、22(白山・ダブル) |
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