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1952(昭和27)年
国鉄−松竹
07.20(白山・ダブル)


松竹が国鉄を終始圧倒して、ダブル2連勝
 1952(昭和27)年、2カード目は国鉄−松竹・ダブルヘッダー。海の記念日の7月20日(日)、
新潟市営白山野球場で、新潟鉄道管理局(現JR東日本新潟支社)、国鉄スワローズ後援会の主
催、新潟日報社の後援で開催された。因みに念の為言っておくが、この頃は勿論、海の記念
日(のちの海の日)は、まだ祝日ではない。
 新潟でのこの顔合わせは1年ぶり。この年は両チームとも低迷しており、第17節を終えた
時点で国鉄が5位、松竹が6位であった。
 国鉄は勝率.385と、Bクラスにどっぷり。頼みの金田正一はというと、こちらは至って好
調を保っている。6月28日の対松竹戦では、当時のプロ野球記録となる15奪三振を達成。
7月3・5日に開催されたオールスターでは、セ・リーグ唯一の表彰選手として敢闘賞を獲得
するなど、ますます貫禄が付いてきた頃だった。野手では、目下ホームランダービートップ
の18本を放っていた杉浦清(中日より移籍)、5月25日の対松竹戦でプロ初アーチを放って以
来、ほぼ3試合に1本のペースで本塁打を量産するルーキー・佐藤孝夫の活躍が目覚ましい。
 セ初代王者の松竹も、優勝に湧いたあの頃とはまるで別のチームのよう。勝率は.317と、
どん底。シーズン前に真田、大島、荒川、岩本、江田といった主力クラスを大量放出したた
めに、戦力は大幅にダウン。スケールも小さくなり、持ち駒数もないために、苦戦を強いら
れていた。49年首位打者、50年二冠王の小鶴誠も、この年は腰痛に悩まされて、ここまで打
率.281と平凡な成績だったが、それでも本塁打12を放ち、先の杉浦、杉山、西沢を追って、
スラッガーとしての意地を見せていた。


 さて、今でこそ新潟は、全国的に見ても交通の利便性の良い都市に成長したが、当時は今
のように交通の便の良い場所ではなかった。というよりもむしろ“陸の孤島”と呼ぶに等し
い土地だったのだ。当然、通信網も現在のように整備されていなかったので確固たるもので
はなく、情報の量も質も、遥かに劣っていた。
 新潟日報夕刊・7月18日付(17日発売。当時の日報夕刊は、現在の夕刊タブロイド紙などと
同じように、翌日の日付で売られていた)には、この国鉄−松竹戦の開催を告げる石鹸メー
カーの洗濯石鹸の広告が載っていたが、そこには「セントラルリーグ公式試合14、15回戦」
の文字が。だが実際のところは、このカードはそれまでに雨などで2試合流しており、当日
は12・13回戦であった。事前の認識不足が生んだ誤報だった。このように、地方では中央
や全国各地の情報が歪曲されたり、断片的にしか伝わらなかったりするようなことが、往々
にして発生していたようである。


第1試合
 先発は国鉄・大脇、松竹・片山。
 初回1点ずつを取った後は両者とも立ち直り、特に片山は伸びのある直球とカーブを武器
に、5回以降は三者凡退に切って取る好投を見せた。初回の1点とて2安打の後、内野ゴロの
間に与えたものだ。
 4回裏の国鉄の攻撃中、三塁走者の森谷がホームスチールを敢行。ここで大脇が投球をカ
ットしたが、この際、バットに捕手・目時のミットが当たったのではないかと国鉄側から
抗議が出て、試合が約15分間中断した。
 さて、大脇も投球内容はすこぶる良かった。コーナーを丁寧に攻めて、5回まで1失点。
しかし6回、三村に左翼へ3号ソロを打たれて均衡が破れ、8回には金山の二塁打の後、平野
の適時打で1点を失った。いずれも高めに浮いた球を痛打されたもの。失投が悔やまれた。
 結局第1試合は、国鉄を散発4安打に抑えた片山の好投が光って、松竹がまず1勝した。



12回戦 (国鉄 7勝5敗)
新潟市営白山野球場 −人
--:--開始 -時間-分
1 0 0 0 0 1 0 1 0 3
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
(勝) 片山
(敗) 大脇
(HR) 三村3号(大脇)

松 竹   国 鉄
(7) 綱 島 5 1 0 (6) 佐 藤 4 1 0
(6) 宮 崎 4 1 0 (8) 初 岡 3 1 0
(8) 小 鶴 3 2 0 4 千 原 1 0 0
(3) 小林章 3 0 0 (9) 辻 井 3 0 0
(4) 金 山 4 1 1 H 藤 田 1 0 0
(9) 平 野 4 1 1 (5) 杉 浦 4 0 1
(5) 三 村 4 1 1 (3) 森 谷 4 1 0
(2) 目 時 3 1 0 (2) 佐 竹 3 1 0
(1) 片 山 4 0 0 (7) 岩 橋 2 0 0
(1) 大 脇 3 0 0
1 古 谷 0 0 0
(4) 福 田 2 0 0
H 土 屋 1 0 0
8 町 田 0 0 0


34 8 3 31 4 1
振3 球3 犠- 併- 残- 振5 球1 犠- 併- 残-

松 竹   国 鉄
片 山 大 脇
古 谷

(審判)-

(二塁打)小鶴、金山、目時
(盗塁)-


第2試合
 先発は国鉄・高橋、松竹・島本。
 4回、松竹は2安打と犠打に捕逸が絡んで2点を先取。6回には安打で出て三進した小鶴を
スクイズで還して1点をもぎ取った。その裏国鉄は佐藤四球、初岡安打などで1点を奪うも、
その後の無死一、三塁のチャンスも主軸が続かず、1点止まり。8回には前日登板したばかり
の切り札・金田を立てたが、連投疲れからか精彩なく、2四球1安打などで2点を許し、これ
で万事休した。
 島本は球威がなく、内容もいまいちだったが、国鉄の雑なバッティングに助けられて、被
安打5で完投勝利をマークした。

 結局、松竹がダブルヘッダー2連勝を飾った。





 さて、最初に挙げた広告の件。現在においても近しいものがあるのではないだろうか。
 残念ながら、現在の新潟のローカルメディアも、まあいくら何でもこの頃程ではないにし
ろ、ラジオやテレビでも標準的アクセント(標準語だの東京弁だのという以前の、ニュース
等を読む上で公共放送上標準的なアクセント、という意味で。そりゃ新潟もんですから、新
潟弁は嫌いではないが)の不履行とか、誤報とか、プライバシーの保護体制の未熟さとか、
基本的な認識や、万全たるチェックの不足による稚拙な報道等々が、県内では未だに時折横
行しているのが、実は現状である。
 「2試合の誤差」から半世紀を経た今も尚、文化・教育、そしてスポーツの面だけでなく、
報道という面においても、新潟は未だ“陸の孤島”なのだろうか。フジ系「プロ野球ニュー
ス」(後の「すぽると!」)の、全国スポンサーの提供クレジットを隠すブラインドが付けら
れた画面や、新潟のJリーグチーム「アルビレックス新潟」の話題を報じるアナウンサーの滑
稽なイントネーションを聞くたび、悄然とし、愕然とするものである。しかも一部のメディ
アには、こういった改善を求める聴取者・視聴者らの声に対し「アクセントは変える必要は
ない。だてにアナウンス部はあるわけではない」などと逆ギレするところもあるという。
 或いは我々は未だ、真実の情報からは遥か彼方、隔絶されたところに棲んでいるのかもし
れない。



 ところでこの日、長野市営球場(城山野球場)では、第23回都市対抗野球信越予選大会・決
勝戦が行われた。連日の雨に祟られて、延期されていたが、午後1時から快晴のもとで試合
が行われた。
 新潟からは新潟クラブ、長野からは昭和電工大町。投手戦になったが、結局2−1で昭電
大町が勝利し、新潟クラブの4連覇を阻止した。



13回戦 (国鉄 7勝6敗)
新潟市営白山野球場 −人
--:--開始 -時間-分
0 0 0 2 0 1 0 2 0 5
0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
(勝) 島本
(敗) 高橋

松 竹   国 鉄
(7) 綱 島 5 0 0 (6) 佐 藤 2 0 0
(6) 宮 崎 5 0 0 (8) 初 岡 1 1 0
(8) 小 鶴 3 1 0 (9) 藤 田 3 1 0
(3) 小林章 2 0 0 (5) 杉 浦 4 0 0
(4) 金 山 3 1 0 (3) 森 谷 4 0 0
(9) 平 野 2 0 1 (2) 佐 竹 2 0 0
9 野 草 0 0 0 H 辻 井 0 0 0
(5) 三 村 2 0 0 2 井上親 1 0 0
(2) 目 時 4 2 3 R 久 保 0 0 0
(1) 島 本 4 2 0 (7) 岩 橋 3 1 0
1 金 田 1 0 0
(1) 高 橋 2 0 0
1 田 原 0 0 0
7 土 屋 2 1 0
(4) 中 村 2 0 0
4 千 原 1 0 0


30 6 4 28 4 0
振7 球6 犠- 併- 残- 振3 球6 犠- 併- 残-

松 竹   国 鉄
島 本 高 橋
田 原
金 田

(審判)-

(三塁打)島本
(二塁打)岩橋、藤田
(失策)松2、国4






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(1952)
05.03 W−D(高田),04(栃鉄悠久山),05(白山.ダブル)
<--> (1952)
08.23 O−F(新発田)


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