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1953(昭和28)年
国鉄−阪神
05.12(悠久山)
05.13(白山)


越後路で“ダイナマイト打線”が猛威振るう
国鉄は金田離脱が仇、阪神がぼろ勝ち2連勝
 1953(昭和28)年、新潟県内でのプロ野球公式戦はセの2カード3試合。
 最初にやってきたのは国鉄スワローズ−大阪タイガース(阪神)の2連戦。5月12日(火)は
長岡・悠久山野球場、翌13日(水)は新潟市営白山野球場で開催。新潟日報社の主催、新潟
鉄道管理局の後援で行われた。

 さて国鉄だが、公式戦での来県は球団創立以来4年連続になる。
一方の阪神は50年8月以来、約3年ぶりの来港となった。
 5月に入り、第7節を終えたセ・リーグの順位(この53年から、セは6球団に再編された)
は、好調の巨人が12の貯金を稼いでトップを行き、次いで2ゲーム差で貯金8の名古屋、
3.5差あって貯金1の洋松(この年より大洋と松竹が合併)、2.5差が付いて借金4の阪神、
ゲーム差なし、勝率5厘差で広島、そして最下位が国鉄。広島から大きく離されて4.5ゲ
ーム差、借金13と序盤戦に負けが込んで、出鼻を挫かれた格好だった。

 国鉄の投手陣というと、とにかく金田正一におんぶに抱っこ、という状態。前年は実
に269奪三振をマークした。53年シーズンに入っても、4月10日、アメリカ遠征から帰っ
た巨人相手に(後楽園)、0−1と敗戦こそしたものの、延長12回を投げ抜き、僅か3安打
に抑え込む好投を見せた。14日の対名古屋戦(中日)は4−1で勝利。西沢、杉山を向こ
うに回し、13個の三振を奪った。金田に続く若手投手陣も実力を付けはじめ、重い球質
と制球力の良い大脇照夫、前年は負傷もあったものの、素質は充分の宮地惟友、サイド
スローから投げ込むカーブを武器に“阪神キラー”と呼ばれた井上佳明も、見逃せない
存在であった。打撃陣では前年、打率.265、本塁打14本の好成績で新人王に輝いた、俊
足の佐藤孝夫、ペナントレース開始時は病欠したものの見事復帰した杉浦清や、前年2割
9分をマークし、大洋から移籍した安居玉一らに期待がかかる。
 阪神は、藤村弟、梶岡、真田の三本柱を軸にしているが、その他の若手が伸び悩み、
完投能力のあるこの3人が踏ん張らなければ、ゲームが造れないという弱点もある。まし
てや梶岡は毎年のように故障に泣かされ、この年もシーズン前に右手首を負傷。しかし
幸いにも回復が早く、対洋松3回戦で初登板、被安打3で勝ち投手になった。攻撃力では
かつての「ダイナマイト打線」が、二リーグ分立の50年シーズン前、毎日の大量引き抜
きで主軸を根こそぎハントされて弱体化したのを、ここ数年の再補強により、徐々にそ
の底力を発揮しつつあった。特にこの年からは「ラリー」こと与儀眞助が加入。俊足巧
打の三塁手。粗削りながら長打力もあり、打線にも大いに活力を与えた。これに金田、
後藤、藤村とベテラン勢に続く打線は、巨人や名古屋と比べても遜色なく、迫力は満点
である。



 両チームは11日に長岡入り。
 まず午前11時50分、国鉄が大阪から到着。選手・コーチの一行は長岡駅から貸切バス
に乗り込み、山沢屋旅館に落ち付いた。阪神も午後5時13分、東京から到着。駅前のま
すや旅館に入った。いずれも宿舎の前では、待ち受けた子供達のサイン攻めに遭い、選
手達は旅装を解く暇もなかった。

 さて、出迎えの人々ががっかりしたことがある。勿論、この話を聞いた県内のファン
も、大いに失望したことだろう。
 国鉄の金田正一投手は、過日行われた対巨人2回戦に登板中、腰を痛めて途中降板し
た。その後静養していたが、状態が思わしくなかったため、この新潟シリーズは不帯同
となったのである。西垣監督も、金田の戦線離脱が痛くないはずがない。到着後のイン
タビューでも「金田の欠場は痛い。選手の士気にも相当影響しているが、“金田ひとり
いなくても立派にゲームが出来る”とみんなに言い聞かせている。とにかく国鉄の最下
位脱出は、金田の復帰時期如何に懸かっている」と、焦燥感をあらわにしていた。
 一方、阪神・松木監督は、開幕時のスタートダッシュで躓いたのが面白くないし、こ
の新潟シリーズを機に上位戦線に復帰を賭けたい。「いつまでも今のような状態を続け
るわけにはいかない。新潟で、不振を一転するきっかけをつかみたい。国鉄とは前年か
ら分がいいから、ぜひ連勝したい」と語った。


 さて、先にも挙げた前年の新人王・佐藤孝夫が宿舎でインタビューを受けている。
 2年目のこの年はショートから外野へコンバートされたが、ここまで本塁打も6本をマ
ークし、打率も5月9日まではトップ。低迷するチームにあっても、2年目のジンクスを
感じさせない活躍を見せていた。
10日の対洋松ダブルヘッダーでは、少し打率を下げたよう
ですが。
   やはり、ベストテンのトップになると固くなる。
  3位あたりのほうが打ちやすいです。

外野に回って、ホームランダービーのダークホースという
声もありますが。
   それほどでもありません。ただ現在非常に好調
  なので打てるだけ打っています。

対阪神戦では、よく打っています。
   私はオーバースローの投手が好きです。阪神の
  真田、駒田などは打ちやすい。苦手は大友(巨人)、
  長谷川(広島)です。

新潟シリーズの予想は?
   うちとしてはこれ以上絶対負けられないし、
  阪神がことさら苦手というわけではないから、
  面白い試合になるでしょう。

現在の体調は?
   福井の対阪神戦で与儀の外飛を追った時、足を
  捻挫し、2、3試合休みましたが、もう大丈夫です。
  阪神の投手陣も疲れているから、ホームランが出
  るかもしれません。
 前年新人王を獲っただけあって、なかなかの自信満々ぶりだ。
 尚、佐藤は前年、45個の盗塁をマーク。これは、新人の最多盗塁記録として長年破られ
なかったが、1997年にルーキーの小坂誠(ロッテ)が56盗塁を記録し、実に45年ぶりに記録
が更新された。実は佐藤は仙台鉄道管理局の出身、そして小坂はJR東日本東北の出身。
 このふたり、遠い遠い先輩・後輩なのである。


 ところで、前年12月25日、新潟に民放ラジオ局が開局した。現在の新潟放送(BSN)の前
身にあたる、「ラジオ新潟」である。
 これまで、新潟県内で開催されたプロ野球のラジオ中継は専ら、NHK新潟放送局が行っ
てきたが、この2連戦が同社にとっては記念すべき、プロ野球中継デビュー戦となった。
 両球場の試合開始前には、両軍全選手によって紅白ボールがスタンドへ投げ入れられ、
マークの入ったボールを拾った観客には、引換えに両チーム選手のサインボールをプレゼ
ントするという計らいがあったが、ラジオ新潟はこれに協賛していた。

 悠久山での試合では、活躍した選手には最優秀選手賞(北越銀行)、勝利投手賞(北越印
刷)、打撃賞(中越自動車)、ホームラン賞(第四銀行・長岡信用金庫・北越製紙・長岡鉄
道・栃尾鉄道)など、各賞が贈られることになっていた。


05.12 悠久山
 約5,000人(4,000人説あり)の観客を集めた悠久山球場。
試合開始前に長岡市長、長岡商工会議所会頭から両チームに花束が贈られた後、井口・新
潟日報社長岡支社長の始球式で試合開始。


 序盤が投手戦だったので、ピッチャーをメインに試合概要を記そう。この試合は国鉄・
井上佳、阪神・三船の先発。井上佳はさすが“阪神キラー”、序盤は阪神打線をきっちり
抑えてゲームを作る。かたや三船も国鉄に得点を許さず、4回まで無失点に抑えた。
 しかし中盤の5回、三船は2安打を打たれて降板。2番手には藤村弟が起用された。だが
6回、大久保、佐藤に連打され、ここで安居に2点適時打を許し、国鉄に2点を先取される
不出来であった。
 一方、井上佳は好投していたが、5回あたりからボールが浮き気味になり、スタミナが
切れはじめてきた。そろそろ継投を考えるべきだったのだが、何せ金田を欠く台所事情、
続投を強いるしかなかった。そしていよいよそのツケが、7回に回ってくる。阪神は球威
が落ちてきた井上佳を攻めたて、藤村兄の二塁打と与儀の安打で1点を奪った。更に田宮、
真田、西江、日下と、続々と代打・代走を送り込み、マウンドを継いだ宮地のコントロー
ル難に乗じて、押し出しで労せず2点を頂戴する。この回、阪神は打者10人を送り、僅か
3安打ながら井上佳、宮地、箱田の3投手から6四球をもらって5点を奪って逆転に成功。あ
とはもうワンサイドだ。終盤には藤村兄の場外、小島の2者連続本塁打。4番手で登板して
いた梶岡にも本塁打が飛び出して、一気に駄目を押した。
 国鉄は8回に大久保の適時二塁打、9回には町田の2ランで追い上げるが、既に焼け石に
水であった。
 西垣監督は「7回にリリーフに出した宮地が誤算となったが、どの選手も若くて駆け引
きがまずく、自分から制球力を乱してしまう。それにどの投手もストライクゾーンいっぱ
いと思われる球をボールに取られたため、余計苦しかった」と、敗戦の弁をたらたら。
若手投手のコントロール難が、大きな墓穴を掘ってしまった。



8回戦 (阪神 6勝2敗)
長岡・悠久山野球場 4,000人
15:00開始 -時間-分
0 0 0 0 0 0 5 2 3 10
0 0 0 0 0 2 0 1 2 5
(勝) 梶 岡 2勝3敗
(敗) 井上佳 5勝7敗
(HR) 藤村兄9号(箱田)
小島2号(箱田)、
梶岡1号(2・箱田)
町田3号(2・梶岡)

阪 神   国 鉄
(7) 金 田 3 1 1 (8) 佐 藤 4 3 0
(4) 白 坂 5 1 0 5 千 原 1 0 0
(9)3 渡辺博 4 0 1 (3) 辻 井 1 0 1
(3)5 藤村兄 5 3 3 (7) 安 居 3 1 2
(8) 小 島 5 2 1 (3)5 杉 浦 3 0 0
(5)6 与 儀 4 2 1 R 中 村 0 0 0
(2) 石 垣 2 0 0 (4) 鵜 飼 3 0 0
1 藤村弟 0 0 0 H 初 岡 1 0 0
1 駒 田 0 0 0 (2) 佐 竹 3 1 0
9 田 宮 2 0 0 H 木 下 1 0 0
(6) 吉 田 2 0 0 (9) 町 田 4 2 2
H 真 田 0 0 0 (1) 井上佳 2 0 0
R 西 江 0 0 0 1 宮 地 0 0 0
1 梶 岡 2 1 2 1 箱 田 1 0 0
(1) 三 船 1 0 0 1 北 畑 0 0 0
2 谷 田 1 1 1 H 井上親 1 0 0
R 日 下 0 0 0 (6) 大久保 3 2 0
2 徳 網 1 0 0


37 11 10 31 9 5
振3 球7 犠- 併- 残- 振3 球2 犠- 併- 残-

阪 神   国 鉄
三 船 井上佳
藤村弟 宮 地
駒 田 箱 田
梶 岡 北 畑

(審判)-


(盗塁)-
(失策)神1、国2


05.13 白山
 両チームはその日夜8時過ぎの列車で長岡を後にし、午後10時過ぎに新潟入りし、各々
宿舎に入った。

 翌13日、平日にもかかわらず、白山球場には熱心な野球ファンが続々と詰めかけた。
朝6時には、早くも約30名の学生が手に手に弁当を持って球場に集まり、9時を過ぎたあた
りから観客の列は次第に数を増し、特に阪神サイドとなる三塁側には約200名が列をなす
という盛況ぶり。行列に並んだ人々は、折りからの強い日差しを避けようと、ハンカチや
日傘を差して、地べたに腰を下ろしたりしゃがんだりして、午前11時の開場を待っていた
という。

 この白山球場での試合には、最高殊勲選手賞(ラジオ新潟)、勝利投手賞(新潟鉄道管理
局)、先頭生還賞(松竹館)、本塁打賞(新潟トヨタ自動車・新潟交通・日本冷蔵・新潟市
長・新潟市議会議長・小林百貨店・大和百貨店)など各賞が贈られ、試合前には新鉄局から
花束が、両チーム監督に贈られた。


 約1万人の観客が詰めかけた白山球場、プレイボールは午後3時に宣せられた。先発陣が
いよいよ苦しくなってきた国鉄は、ただ一人残った先発要員の大脇を送り、対する阪神は
渡辺省がマウンドに上がった。
 その大脇は球威もあり、カーブも決まっていたが、2回、二塁・鵜飼の失策をきっかけ
に渡辺省、金田に安打を許し、2点を先制される。かたや渡辺省は立ち上がりが不安定。
その裏、大久保の二塁打などで1点を失った。しかし3回以降は持ち直し、ストレートを内
外角に丁寧に決めて、またカーブも冴えて、国鉄打線に的を絞らせなかった。となると、
阪神サイドは俄然活気付く。
 5回、国鉄はまたも拙守。右翼・二塁の緩慢な送球の間に、一塁走者・金田は一気に二
塁を陥れた。この後、田宮の適時打が出て金田は生還。この回計2点を献上してしまう。
6回は、完全に戦意を失った大脇に、ダイナマイト打線が襲いかかる。二死後から吉田、
渡辺省、金田が3連打。この後、白坂が中越え適時二塁打、藤村兄も二塁打をかっ飛ばし
て計3点を挙げ、国鉄を完璧に突き放した。これでほぼ試合は決まってしまったも同然。
9回には駄目の駄目押しで、吉田の三塁打などで更に3点を追加した。
 渡辺省は中盤以降、完全に安定し、8回途中まで国鉄を僅か4安打に抑え込み、付け入る
隙を全く与えなかった。国鉄は8回に球威の落ちたところで連打が出て、やっと渡辺省を
下ろし、9回との2イニングで3点を取るのが精一杯。

 結局、阪神が10−4とワンサイドで快勝。阪神が得点した4イニングのうち、国鉄の内
野陣の失策が絡んだのは3度。序盤は好投するも、内野に足を引っ張られた大脇。球威も
なく、平凡な投球内容のリリーフ・高橋。やはり、国鉄は金田がいないのが仇になった。
 翌14日の読売新聞には「球場の整備不良による不規則バウンドの処理に若さを暴露した
国鉄の内野陣」という辛辣な指摘があった。当時はまだ地方球場は、現在のように設備が
整っていなかったし、凸凹な所でも平気で試合をしていた時代。こういった地方での試合
で、かつての名手達は技を磨いていったという。それだけに、国鉄の拙守は目に余るもの
だったのだろう。

 国鉄は金田を欠いて迎えた、この新潟シリーズ。結局、阪神の連勝で幕を閉じた。
 これで両チームの対戦成績は、阪神の7勝2敗となった。



 さて、この頃は球界で大きな話題が2つあった。
 まずは米大リーグ。52年、米選抜メンバーとして来日した、レッドソックスのドム・デ
ィマジオ外野手(35)が12日、現役引退を表明した。ドムは三兄弟の“ディマジオ・ブラザ
ーズ”の末っ子で、唯一人の現役。この年は眼の疾患のため、ここまで1試合も出場して
いなかった。一つの時代が、確実に終焉を迎えた瞬間だった。
 続いては国内。神奈川県川崎市の株式会社川崎スタヂアムは、12日の役員会で、川崎球
場に夜間照明設備を設置することを決定。直ちに着工し、7月中旬には完成の見通しで、
後半戦からナイターで公式戦を開催できる手はずとなった。先に完成した西宮球場、当時
着工中の中日スタヂアム(6月末に完成予定)に次ぐもので、国内5番目のナイター球場とな
る予定、とのことであった。



9回戦 (阪神 7勝2敗)
新潟市営白山野球場 8,000人
15:00開始 -時間-分
0 2 0 0 2 3 0 0 3 10
0 1 0 0 0 0 0 2 1 4
(勝) 渡辺省 2勝5敗
(敗) 大 脇 1勝6敗
(HR)

阪 神   国 鉄
(7) 金 田 5 3 3 (8) 佐 藤 4 0 1
(4) 白 坂 5 2 2 (5) 千 原 5 2 0
(9) 渡辺博 1 0 0 (7) 安 居 4 1 0
9 田 宮 5 1 1 (3) 辻 井 3 1 1
(3) 藤村兄 4 2 1 (4) 鵜 飼 2 0 0
R 西 江 0 0 0 H 箱 田 1 0 0
3 谷 田 1 0 0 4 福 田 1 1 0
(8) 小 島 3 0 0 (2) 井上親 3 0 0
8 日 下 1 0 0 H 杉 浦 1 1 1
(5) 与 儀 4 1 0 2 木 下 0 0 0
(2) 石 垣 1 0 0 (9) 町 田 4 1 0
2 徳 網 3 0 0 (1) 大 脇 1 0 0
(6) 吉 田 5 2 2 1 高 橋 2 1 0
(1) 渡辺省 4 3 1 (6) 大久保 3 1 1
1 藤村弟 0 0 0
R 岩 村 0 0 0
1 駒 田 0 0 0


42 14 10 34 9 4
振3 球6 犠- 併- 残- 振1 球3 犠- 併- 残-

阪 神   国 鉄
渡辺省 大 脇
藤村弟 高 橋
駒 田

(審判)PL・国友、−、−


(盗塁)-
(失策)神2、国4






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(1952)interlude
新潟県出身のプロ野球選手たち
<--> (1953)
06.09 G−C(栃鉄悠久山)※中止,10(白山),11(高田)


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