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1988(昭和63)年
ヤクルト−中日
 05.28(悠久山)

 05.29(鳥屋野)

落合20ヶ所目の「処女地開拓」に、角の劇的サヨナラ打
荒井の果敢な守備、星野仙一猛抗議 おまけは幹英「初登板」
Ver.1.2
01/06/2002

 新潟県内でのプロ野球公式戦といえば、この頃は例年であれば年間2〜3カードは開催されていた。
パ・リーグは恒例、南海の新潟シリーズがあり、かたやセはヤクルト、大洋、広島のいずれかが主
催ゲームを開催していた。因みに前年の87年7月23日には、18年ぶりに巨人戦の開催もあった。
 1988(昭和63)年に開催されたセ・リーグの公式戦は、ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズの、
長岡・新潟2連戦。5月28日(土)が長岡市悠久山野球場、翌29日(日)が新潟市営鳥屋野野球場で、無
論いずれもデーゲーム。地元の主催はフジテレビ系列(番組編成を鑑みると若干の語弊も感じるが、
名目上は間違いなくフジ系)の地元局・新潟総合テレビ(NST)他各社。



 88年のセ・リーグ、最終的に優勝したのは中日だが、この新潟シリーズが開催された前節に該る
第7節を終わった時点で、首位に立っていたのは広島。それも完全な独走態勢で、この広島以外は勝
率5割を割る、いわゆる借金の状態。巨人、大洋、阪神、中日、そして最下位のヤクルトまでが借金
4までの圏内でだんごになっているという戦況。14日からこの状態に入り、21日に巨人が阪神に勝っ
て一時5割復帰したものの、翌日は敗戦し、再び“一強五弱”に逆戻り。セ・リーグがこの珍しい星
勘定になったのは1981年7月16日以来、7年ぶりのことだ。
 とはいえ、広島はここまで巧打で打線を引っ張ってきたランディ・ジョンソン内野手(無論、あの
左腕投手ではない)が足首の故障などで戦線を離脱、28日には登録を抹消されるなど、不安材料も出
てきた。まだ開幕2ヶ月。どこもチーム状態が不安定な中で、6球団のどこが優勝争いに絡んできて
も不思議のない、一進一退のペナント序盤戦だった。



05.28 悠久山
 さて、初戦の開催球場となる長岡市悠久山野球場は、67年のオープン以来、老朽・陳腐化した設
備を入替えるため、足掛け2年に亘る大規模な改修工事を施されて、5月8日に大々的な竣工記念イベ
ントを開催した。
 朝6時30分から早起き野球の第一戦、以降、長岡市長杯軟式野球大会の決勝戦、社会人野球の対抗
戦、中学校野球の決勝戦、更に高校野球の対抗戦…と、草野球から社会人まで、大学を除くほぼす
べてのカテゴリーのアマチュア野球が参加して、一日中開催されるイベントが組まれていた。その
改修記念事業の締めくくりが28日に開催される、このヤクルト−中日戦というわけである。
 因みに、この工事で行われた主な施工は、芝の張替え、ベンチの入替え、スコアボードの塗装、
一、三塁側にある内野Bスタンドの改築及びBスタンド下に室内練習場の新設、といったものだった。
 5月7日付の新潟日報・朝刊に、この竣工を告げる長岡市の広告が掲載されている。その口上には、

 「長岡球児、ここにあり−。
  高校野球を始め、長岡の野球レベルは常に県下のトップを走っております。
  これを機会に大いに利用していただき、レベルの向上に努め、愛される球場
 となることを期待します」

とある。高校球界では、県内でも群を抜く投手力を誇っていた、中越高の黄金時代。80年代、夏の
大会は4度の優勝、2度の準優勝を含め、計7度のベスト4進出を果たすなど、県内では無敵を誇って
いた、そんな時期だった。

 余談(ではないかも知れない)だが、悠久山は2000年8月から01年3月に掛けて、外野スタンドとフ
ィールドに関わる大規模な改修工事を行い、フィールドの拡張や土・芝の入替えなどを行った。両
翼98m、中堅122mのアマチュア公認規格をクリアするフィールドを有する球場に生まれ変わったが、
収容人員は8,218人に減少(それまでの13,718人という数字も甚だ疑問を感じるものだったが)。
前回と同じく、改修記念事業としてプロ野球は来るには来た。巨人−ヤクルト。但しイースタンリ
ーグ、つまりファームの試合だった。21世紀に入ったこの年、新潟県が一軍公式戦の日程表から名
を消して、既に五年の歳月が流れていた。
 ところで、先に触れたBスタンド下の屋内練習場は、面積が非常に狭く、天井が低すぎるという
設備環境上のネックもあって、現在に至るまで、残念ながら余り稼動していないようだ。ならば、
ブルペンやトス打撃など、軽めの練習用としての使用価値も考えられるところだが、残念ながら、
市当局や競技団体などにはどうも、そういったアイディアは浮かんでいない様子である。
 果たして、悠久山は行政に、競技団体に、プレイヤーに、そして何より市民・県民に、今でも本
当に「愛されて」いるのだろうか。



 実はヤクルト、新潟入りするまで実に4連敗を喫していた。しかも移動日前の26日(木)までの対
阪神3連戦(神宮)では3試合すべて、3時間半を超える長時間ゲームの挙げ句に三タテを食らわされ
たという、苦しい戦いを強いられていた。投手陣は高野光が右肘を傷めて長期離脱し、荒木大輔も
同じく右肘を傷めて万全ではない。ストッパーを任されている伊東昭光も2連敗と、序盤戦の勢い
がない。援護すべき打線もつながりを欠いた状態。特に深刻なのが主軸を任されているこの年の新
外人、ダグ・デシンセイだ。4月8日の対巨人戦(東京ドーム)で、桑田真澄から初本塁打。これが栄
えある、東京ドームのプロ野球公式戦初本塁打となった。が、元メジャーリーガーとはいえ、既に
37歳とあって衰えもあったのか、その後は低迷し、来県前には7本塁打も、打率はこの時点でリー
グ最下位となる1割7分台にまで低迷していた。もう一人の外国人、テリー・ハーパーも僅か10試合
で右膝を故障して早々に戦線離脱。荒井幸雄、池山隆寛、広沢克己、杉浦亨らによる上位打線は踏
ん張っていたものの、下位打線が貧弱で、若松勉、八重樫幸雄、角富士夫といった、ベテランの代
打陣の助けを仰ぐことも多かった。阪神戦の連敗で、ヤクルトは13勝19敗2分となり、借金6でもち
ろん最下位。「定位置争い」に片足を突っ込みかける危機に陥っていたのだ。
 そんな中、ヤクルトは25日、故障帰国のハーパーに代わる外国人選手として、ボブ・ギブソン投
手の補強を発表した。主に3Aで登板しており、メジャー通算は12勝18敗13S。苦しい先発陣の救世
主となれるか否か。とにかく、合流までは何とかして繋いでいかなければならない。
 ところで「3時間半」とはいうが、現在では普通に9回で試合が完了したとしても、3時間半は裕
に超えることが多い。試合時間制限の撤廃、投手分業制の確立、サインの煩雑化、間合いの長さ、
ストライクゾーンの解釈、ジャッジの曖昧さなどなど多くのファクターが積み重なって、この10年
間で試合時間は徐々に長くなりつつある。


 ヤクルトは試合前日の27日(金)夕方の新幹線で新潟入り。一方の中日も、同夕方までに名古屋か
ら新潟に移動した。

 前年のドラフトで、ヤクルトの1位指名を受けて入団した、長島一茂内野手(立大)。現在はタレン
トや俳優としてブラウン管や銀幕に姿を見せているが、今更云わずともご存知の通り、長嶋茂雄氏
(元巨人監督)の長男である。それもあってルーキーイヤーのこの年、ヤクルトの中でもとにかく人
気はあったし、注目も大いに集まっていた。この日も新幹線乗車前の上野駅で、修学旅行の道中の
女子中学生にサインをせがまれる一幕があった。
 折りしもこの日、コミッショナー事務局及びオールスターゲーム運営委員会が、この年から初の
冠ゲームとなった「'88サンヨーオールスターゲーム」の実施要綱とファン投票方法の発表があった
が、一茂(というよりも、この頃は“長島ジュニア”という呼称がまかり通っていたが)はここでも
また、注目の的。これまでの荒木大輔、ボブ・ホーナーの例もあるように、かつてヤクルトのスタ
ー選手には、一種の強力な“組織票”が動いていた、まさにそんな時代(今でこそ人気選手が多く
なったので、そんなことも聞かれなくなったが)。しかもましてや、落合博満(中日)、原辰徳(巨人)
掛布雅之(阪神)らセのスター三塁手は、88年シーズン序盤のここまでは、いまひとつの成績。とな
ると、一茂が三塁手部門でトップ投票数を獲得する可能性もあるわけだ。が、当の一茂本人は「今
の僕には、それを話題にされるのは複雑な気持ちですよね。というより、正直言ってイヤですよ」
と、乗り気でない。
 確かに、オールスター出場は一流選手であることの証だし、誰もが一度は出てみたい。しかし正
直なところ、まだ人気が先行しているだけで、肝腎の実力、そして実績は、まだ伴っているとは云
いがたい。それだけに一茂の胸中も複雑なところだ。
 この日の出発前、ヤクルトは神宮外苑にある室内練習場で練習を行っている。一茂は、打撃コー
チの佐藤孝夫や若松らから打撃指導を受けていた。前日の26日は、中西清起のカーブにタイミング
が全く合わず、三振に終わっている。これが効いたようで「昨日の三振が、今の僕ですよ。調子が
良いとか悪いとか、言える段階じゃないでしょう」と、己の不甲斐なさに怒りを露にしていた。
 しかし、初日の長岡は大学2年時から3年続けて、立教大野球部の夏季合宿でお世話になった、思
い出深い土地でもある。何とかいい働きをして、長岡のファンを喜ばせたいところだ。


 明けて初日の28日。ヤクルトの苦しい台所事情は、この日のスターティングオーダーにも如実に
現れていた。関根潤三監督はこの日、今季初めて打順の組み替えを行った。本塁打9本でダービー
2位に付けていた池山を6番から1番に、1番の荒井を2番に、そして3割をキープしている5番の広沢を
3番に据える、攻撃優先型オーダーを組んだのだ。しかし、投手陣のやりくりはやはり厳しく、先発
にはここまで1勝2敗、防御率5.58と今ひとつ調子に乗り切れないアンダースロー右腕、宮本賢治を
立てた。
 悲壮感は、試合前に選手が控える一塁側ロッカールームでも漂っていた。投手陣の踏ん張りに、
打線が何とか答えられるようにと、元選手会長のベテラン・角が野手陣を集め「何とか打線で援護
してやろう」と檄を飛ばした。ここで何とかしなければ、このままずるずる下位に沈んでしまう…。
這い上がろうと、ベンチの誰もが必死だった。
 逆に中日・星野仙一監督は、移籍1年目ながらここまで4勝の勝ち頭、小野和幸を先発に起用。更
に打線には宮本対策として、トップにルーキー・音重鎮を起用。だんごから一歩離れて最下位に沈
むヤクルトが相手とはいえ、磐石な態勢で長岡での一戦に臨む。

 初戦、悠久山での試合は午後2時1分に始まった。
 1回は共に三者凡退。2回、中日が一死から宇野勝、川又米利の連続安打で攻め立てるも、続く彦
野利勝の三遊間の強烈なグラウンダーを池山が好捕し、捌いた。中村武志の右前適時打で中日が先
制するも、ヤクルトが序盤に大量失点を許す恐れもあっただけに、池山のプレーは大きかった。
 3回、ヤクルトが追い付く。先頭の渋井敬一が左前打で出ると、宮本が送りバント。池山は中飛に
倒れるが、荒井が中前適時打で渋井を迎え入れ、同点に。
 だが直後の4回、中日が再び勝ち越し。先頭の落合博満が左翼場外へ勝ち越しの7号ソロ。14日の
巨人戦以来9試合ぶり、打席にして36打席ぶりの一発である。「俺は元々、アンダースローが得意
だからね」と言う落合だが、実はこれが記念の一打となった。

 意外なことに、落合が公式戦で新潟に来県したのは中日移籍1年目、前年の対巨人戦(鳥屋野)が初
めて。ロッテ時代は巡り合せが悪く、新潟での公式戦は80年(対南海戦)にあったが一軍にはいなか
った。そしてこの日、悠久山のレフト場外にぶち込んだアーチが、自身が本塁打を打った20ヶ所目
の球場となったのである。因みに5月28日現在、落合の通算本塁打277本を球場別に分けると、セ・
パの本拠地12球場(日生を含む)での229本の他は、平和台14本、仙台宮城12本、札幌円山・石川県
立各6本、秋田八橋・岩手県営各4本、鹿児島県営鴨池1本、そしてこの日、悠久山での1本が加わっ
て、20ヶ所目となった。因みに、フランチャイズ制施行後のこの時点での最高は、この前年限りで
引退した衣笠祥雄(広島)の32球場である。

 落合のソロが出たその裏、ヤクルトは先頭の杉浦、デシンセイを連続四球で出すが、後関昌彦、
秦真司が相次いで中飛に倒れ、渋井も三振で、結局走者を進めることができなかった。
 5回、中日は先頭の中村の安打、小野の送りバントで得点圏に走者を置き、宮本をマウンドから
引き摺り下ろすが、代わった左腕・梶間健一の前に音、立浪和義とも内野ゴロに倒れた。
 その裏、ヤクルトは一死から池山が中前打。そして続く荒井が3号逆転2ランを右翼最前列に叩き
込んだ。2番に座った荒井は同点打、そして逆転アーチと大車輪。関根監督の攻撃型オーダーが功を
奏したとあって、荒井も饒舌。「今シーズン一番の当たりでした。池山との新コンビで売り出そう
かな」とおどけてみせた。
 この後は膠着状態。両チームとも走者を出すが還せない。6回の中日は、先頭のゲーリー・レーシ
ッチが放った二塁打を活かせず、7回のヤクルトは先頭の代打・若松勉が意地のヘッドスライディン
グまで見せた右翼線二塁打(代走・水谷新太郎)と桜井の送りバントで三塁に走者を置くも、池山、
荒井が内野ゴロに倒れ、どちらもホームを陥れることができない。

 ヤクルトは8回から伊東を投入、逃げ切りに入る。8回は相次ぐヒット性の当たりを水谷、荒井が
いい出足で好捕して三者凡退に打ち取ったが、9回につかまった(因みにこの年の伊東はどうもこの
パターンが多く、最終的にはストッパーながら最多勝をマークするのだが)。
 先頭の落合(代走・岩本好広)、続く宇野を歩かせ、途中出場の仁村薫(兄)が送って一死二、三塁
とすると、同じく途中から守備固めに入っている豊田誠佑が中堅に大きな当たり。荒井が背走して
追い付くが犠飛となり、遂に土壇場で3−3の同点に追い付いた。
 その裏、星野監督はストッパー・郭源治を投入、延長戦突入を窺う手に出た。それとは逆に、連
敗ストップ目前で振り出しに戻されたヤクルトはこの同点が効いたか、その郭の前に、先頭の後関
が安打で出てサヨナラの下地を造るものの、秦がバントをしくじって最悪のゲッツー。水谷も三振
に倒れて、試合は中日側の思惑通り、延長にもつれ込んだ。

 10回も伊東の内容はパッとせず、2安打を打たれるが拙攻に助けられた。
 その裏、悠久山はこの日一番の盛り上がりを見せた。先頭の伊東の打順のところで、関根監督が
球審・井野に代打を告げた。現れたのは背番号3。そして「9番、伊東に代わりまして、バッター・
長島。バッターは、長島。背番号3」のアナウンス。ルーキーの長島一茂の登場だ。本来、すんなり
と試合が終わっていたならば出番がなかったところだが、延長戦に入ってお鉢が回ってきた。立大
時代に夏季合宿で長岡に来ていたことは、当時県内でも知られていたエピソードだし、もちろん、
こと人気に関しては、やはりこの長岡でもかなりのものだった。
 その一茂、スピードボーラーの郭源治からどん詰まりながら、右前にポトリと落ちるテキサスリ
ーガーを放ち、悠久山のファンを喜ばせた。「得意の当たりです。代打にはだいぶ慣れました」と
いう一茂。スタメンでは結果が出ていないが、最近の代打では4打数3安打と好調な様子だ。しかし
続く池山は投ゴロに倒れ、荒井は二ゴロも宇野が失策して好機へ色めいたものの、広沢・右飛、代
打・八重樫は投ゴロで、結局また走者を活かしきれなかった。

 11回、ヤクルトは苦肉の策で、明日の鳥屋野で先発する予定だった中本茂樹をつぎ込んできた。
中日は一死から仁村兄が安打も、9回は殊勲の豊田が一ゴロ併殺に倒れ、チャンスを拡げ損ねた。
 その裏、ヤクルトは先頭のデシンセイが左前打し、続く後関が送り、秦が敬遠気味に歩かされて
一死一、二塁。水谷は中飛に倒れた、二死。ここで右バッターボックスに立つのは、先ほど代打し
た一茂に代わって三塁に入っていた角富士夫。試合前、ナインに自ら檄を飛ばした角。何とかして、
この一振りで試合を決めたい。
 初球、2球目とボール。3球目のスライダーを空振り。4球目もスライダーを振らされた。カウント
は2−2。5球目。内角寄りに入ってきたストレートを振り抜いた角。ボールは左翼線に弾け飛んで
いった。二塁からデシンセイが生還し、4x−3でサヨナラ勝ち。ベンチから飛び出したナインは、
一塁を回って照れくさそうにベンチに戻ってくる角を出迎え、手荒い祝福を浴びせた。
 「3球目、4球目とスライダーに空振りして、もう一球来るかなと思ったけど、狙いはしなかった。
もし、スライダーを狙って体を開いてたら打てなかったかもしれない」。何とかしたかった。無心
になって放った決勝打だった。「このところ、ウチは長い試合が続いていたからね」。苦戦を強い
られるチーム状態。4連敗の重苦しいムードを振り払いたかった気持ちを吐露した。「サヨナラヒッ
トは、ホームランを入れても4度目かな。何度打っても気持ちいいもんだよ」と安堵した角の表情は
そのまま、ヤクルトベンチ全員の気持ちを反映していた。
 関根監督は、この日の攻撃型オーダーについて「若くて勢いのあるヤツを、上から3人並べただけ
だよ。そんなに大袈裟なもんじゃないよ」とさりげなく言ったが、これが効果覿面で、最終的には
勝ちにつながったからこそ、さりげなく言えたもの。試合前の心境は恐らく、苦しい台所を得点力
で何とか、何としても乗り切らなければならない、という、若手への期待と最下位脱出への悲壮感
とが占拠していたに違いない。因みに、代打安打の一茂については「振れてきたね」。スタメン起
用について記者から振られると「まあ、もう少し先かな」と慎重に話した。
 一方、サヨナラ適時打を食らった郭源治は、唇を噛み締め、厳しい顔つきでベンチから引き上げ
てきた。取材陣には無言を貫き、そのままバスに乗り込んでしまった。これでここまでの成績は、
1勝4敗9S、防御率1.41。4敗のうち、ヤクルト戦では実に3つ目の黒星と相性が悪い。特に4月12日
(神宮)には、既に戦線離脱しているハーパーにサヨナラ本塁打を食らっている。5月に入ってからは
7試合に登板し、1勝5Sで無失点と絶好調だったところで、月間初失点が苦手のヤクルトが相手、し
かもサヨナラ負けとあって、ショックを受けていた様子だった。




8回戦 (ヤクルト 6勝2敗)
長岡市悠久山野球場 13,000人
14:01開始 3時間38分
0 1 0 1 0 0 0 0 1 0 0 3
0 0 1 0 2 0 0 0 0 0 1x 4
(延長11回)
(勝) 中 本 1勝1敗
(敗)  郭  1勝4敗9S
(勝打)  角  2
(HR) 落 合7号(宮本)
荒 井3号(2、小野)

中 日 打率   ヤクルト 打率
(7)8 5 0 0 .209 (6) 池 山 5 1 0 .240
(6) 立 浪 5 1 0 .264 (8) 荒 井 5 2 3 .285
(3) ゲーリー 5 1 0 .277 (9) 広 沢 5 0 0 .301
(5) 落 合 3 1 1 .277 (7) 杉 浦 3 1 0 .274
R5 岩 本 1 0 0 .000 7 小 川 0 0 0 .125
(4) 宇 野 4 1 0 .261 H 八重樫 1 0 0 .279
(9) 川 又 2 1 0 .253 1 中 本 0 0 0 .000
H9 仁村兄 2 1 0 .286 (5)3 デシンセイ 4 1 0 .177
(8) 彦 野 2 0 0 .247 (3)7 後 関 4 1 0 .353
7 豊 田 2 0 1 .200 (2) 4 0 0 .253
(2) 中 村 4 2 1 .300 (4) 渋 井 2 1 0 .239
1 0 0 0 .167 1 梶 間 0 0 0 .000
(1) 小 野 1 0 0 .125 H 若 松 1 1 0 .250
H 大 宮 1 0 0 .167 R4 水 谷 2 0 0 .111
1 宮 下 0 0 0 ---- (1) 宮 本 0 0 0 .125
2 大 石 1 1 0 .172 4 桜 井 1 0 0 .429
1 伊 東 0 0 0 .167
H 長 島 1 1 0 .186
5 1 1 1 .259


38 9 3 .242 39 10 4 .234
振3 球2 犠3 併1 残7 振6 球3 犠3 併1 残9

中 日 防御率
小 野 6 25 101 5 5 2 3 2.70
宮 下 2 7 22 1 0 0 0 4.26
2 2/3 13 45 4 1 1 1 1.41

ヤクルト 防御率
宮 本 4 2/3 18 72 5 2 0 2 5.40
梶 間 1 1/3 9 42 1 1 0 0 2.51
伊 東 3 13 46 2 0 2 1 3.35
中 本 1 3 14 1 0 0 0 4.55

(審判)PL井野、1B鷲谷、2B富沢、3B小林毅、LL久保田、RL大里

(二塁打)ゲーリー(6回)、若松(7回)
(失策)宇野(10回)
(走塁死)水谷(7回)、仁村兄(11回)
(捕逸)秦(2回)


05.29 鳥屋野
 翌日曜は新潟市営鳥屋野野球場での試合。


 ヤクルトの主催ゲームでの始球式というと、近年は初夏の対巨人3連戦を「フジテレビまつり」と
称し、いわゆる“番宣”を兼ねて女優などが務めるケースが目立つが、現在に至るまで始球式を主
に務めているのは神宮でも地方でも、少年野球の選手が多い。そして、この日の鳥屋野の始球式に
登板した投手が、後にプロ野球選手として名を馳せる身になっている。
 市立藤見中3年の小林幹英くん。新潟東リトルリーグのエース投手である。この日もそつなく始球
式を務め上げ、1万8千人の満員に膨れ上がったスタンドを沸かせた。

 その翌年、新潟明訓高に進んだ幹英くんは91年、3年時の夏にチームを県大会優勝に導き、甲子園
初出場を果たすが、初戦の柳ヶ浦戦で大差を許し、初戦敗退の苦杯を呑む。卒業後は東都リーグの
専大に進むが、入学直後の幹英くんがまだベンチ入り前の1年時、一部だった専大は春季リーグ最下
位に沈み、入替え戦にも敗退して屈辱の二部落ち。2年時の秋季リーグから主力入りし、4年時の秋
季リーグで二部優勝。入替え戦に勝ち越し、悲願の一部復帰を果たした。社会人・プリンスホテル
に入社して2年間プレー、都市対抗出場も果たした。97年オフに広島カープの4位指名を受け入団。
 98年はルーキーながら9勝18Sの好成績をマークし、その後不振はありつつも、抑え・中継ぎを
中心に活躍。01年シーズン終了現在で通算15勝29Sを挙げている。
 プロ野球の始球式に登板した少年野球の子供達はあまたいるが、後にプロ野球選手の座を射止め
るまでに至ったのはほんの僅か。その僅かな数の中に、現在赤ヘル軍団の一員に名を連ね、リリー
バーとしてシーズン中はフル回転、オフはプロ所属経験者の同級会でもある昭和48年会に参加して
親交を深め合っている「小林幹英」という一プロ野球選手も含まれている。01年に帰省した際のト
ークショーでも本人自身が、現在の地位に至る原点がこの始球式にあることを吐露している。

 もし、神宮球場のヤクルト戦を観戦する機会があれば、試合前の始球式、マウンドに上がる関東
エリアの少年野球の選手を見てやってほしい。ひょっとしたらその中には、将来同じマウンドの上
でプロのユニフォームに身を包み、大歓声を浴びているような子も、いるのかもしれない。



 話はそれるが、試合開始の20分程前に発表される両チームのスタメンだが、この時は場内のあち
こちでブーイングが起こっていた。ヤクルトに対してでも、中日に対してでも、選手個人に対して
でも、はたまた審判団に対してでもない。観客の矛先が向けられたのは、スコアボードである。
 現在に至るまで全く改修されず、この88年当時と何らの変化もない鳥屋野のスコアボードは、オ
ーダーの表示部が非常に小さい。音響が悪く、非常に聴き取りにくいアナウンスに、スコアボード
に一人ずつ並んでいく、たどたどしい手書きの文字。そして「尚、この試合のアンパイアは…」と
いうアナウンスに続いてめくられた、左端の余りにも小さな審判オーダー表示部に、ぐしゃぐしゃ
に詰め込まれた6人の審判団の名が観客の衆目下に置かれるや否や、場内の方々から「おい、見え
ねーぞ!」「あんげちっちぇー字なんて、読めるわけねーねっかや!」と、酔客などからの怒号が
飛んだ。
 トタン屋根がめくれ上がり、未だに惨めな姿をさらしているスコアボードのみならず、鳥屋野球
場はスタンドそのものに対しても改修の手が及ぶことは、決してない。ただただ老いさらばえ、醜
さだけを年々増してゆくだけだ。
 先のトークショーで幹英が投げかけた「ちゃんとした球場ができれば、プロ野球は絶対来ると思
う」という言葉を、行政、メディア、競技団体の当事者たちは、どう捉えているのだろうか。



 その幹英くんの始球式の後、試合は定刻通り1時に始まった。
先発オーダーは両軍ともほぼ同じだが、中日は1番に豊田、7番に音、先発マスクは大宮龍彦が被る。
投手はヤクルトが、この日先発予定ながら前日スクランブル登板し、延長で1回を投げて今季初勝利
を挙げた中本を予定通り立て、対する中日は今季初先発となる16年目のベテラン・鈴木孝政。チー
ム事情もあって、ここまで中継ぎを務め、3勝をマークしていたが、宮下昌己が右肩痛で戦列を離れ
たため、急遽先発を任されることになった。

 初回、中日は一死から立浪が二塁打。続くゲーリーが中前に弾き返して1点を先制した。
 追うヤクルトは2回、先頭の杉浦が左中間に運ぶ二塁打を放ち、デシンセイの二ゴロで三進。しか
し後関、秦がいずれも初球を振りに行って一ゴロに倒れ、同点に追い付くチャンスを逸した。
 4回、中日が更に加点。そして、このイニングでは鳥屋野の設備不備がまたも露呈されるシーンが
あった。先頭のゲーリーが、中堅フェンス近くに達するフライを高々と打ち上げた。この打球をフ
ェンス際まで追いかけた荒井が、飛び上がった際にフェンスに頭を強く打ち付けて、そのまま昏倒
してしまった。広沢らが打球をフォローする間に、ゲーリーは三塁に達した。軽い脳震盪を起こし、
昏倒したままなかなか立ち上がることができない荒井。しかし気を取り戻した荒井は屈伸を繰り返
し、再び守備についた。この姿には場内分け隔てなく、大きな拍手が送られた。

 鳥屋野の外野フェンス高は低く、僅か2mしかない。エンタイトル二塁打は続出するし、フェンス
が低過ぎるために、塀際の際どい所でジャンピングキャッチを試みるにしても、変な位置取りをす
るとフェンスの角に頭をぶつける恐れもあるなど、危険も伴う。敷設されているラバーも古く、か
なり硬い。この88年の荒井は軽度の脳震盪で済んだが、下手をすれば選手寿命、或いは生命そのも
のをも脅かしかねない。新潟県内の野球場の安全面について、もう一度見直すことが急務ではない
かとかねてから思うのだが、関係各方面はどのようにお考えか。

 その三塁打のゲーリーを置いて、迎えるは落合。遊ゴロに打ち取られるが、ゲーリーが判断よく
スタートして1点を追加した。これで2−0で中日がリード。
 その裏、ヤクルトが追い付く。荒井・右飛、広沢・三振で二死無走者から、杉浦が四球を選んで
出塁。ここで不振を託っていたデシンセイが、実に15試合ぶり、打点も同じく15試合ぶりとなる8号
同点2ランを、左中間に叩き込んだ。しかし、ドラファンの中に飛び込んだ打球は「こんげボール、
要らねぇわや!!」の怒号と共に、フィールドに投げ返されてしまった。
 デシンセイはここまで徹底した外角攻めに遭い、毎試合のように外のスライダーやスローカーブ
に振らされていた。外角を攻めるのならと、右方向に引っ掛けるバッティングを試みるも逆効果。
「思い切ってスイングした方がいい、と考え直したんだ」と、ほっとした表情を見せていた。

 6回、中日は二死から宇野が右前打で出塁。盗塁を決めて二進し、ここで川又が右前に適時打を
放って再び勝ち越し。もうワンチャンスつくりたいところだったが、川又は欲張って憤死した。
しかし、この一打には川又も「来た球を打っただけです。久しぶりの打点なので、気持ちがいい」
と興奮気味だった。
 7回、ヤクルトは二死一塁から、連投ながらも好投の中本を諦め、代打・八重樫を起用。その八重
樫の微妙な打球がファウルと判定されるや否や、三塁側ベンチから星野監督がすっ飛んできて、球
審・鷲谷に詰め寄って猛抗議。無論覆らず、結局八重樫は中飛に倒れたが、第一次政権時代、血気
盛んな頃の星野監督の姿には、新潟のファンも大いに盛り上がった。
 8回から、中日は昨日に続いて郭源治を投入。前日はサヨナラを喫したが、この日は2回をパーフ
ェクトに抑え、3−2で中日が僅差を競り勝った。

 鈴木孝政は今季初先発ながら、7回をデシンセイの2ランによる2点だけに抑えて今季4勝目を挙げ
た。「今日が僕の開幕戦ですよ」とおどけるが、本来は先発完投にこだわりを見せるだけに、この
好投には自ら「上出来。上出来でしょう。及第点。7回投げられただけで納得です」と満足した様子
で「先発は3日前から言われていたけど、今さら投げ込んだり、肩を作ったりする時期でもないし、
気持ちだけ。中継ぎから先発に、気持ちを切り換えた」と笑顔で答えた。この好投で、首脳陣がロ
ーテーション入りを検討する可能性もあって「ぜひ、そうしてもらわなきゃね」と、アピールする
ことも忘れなかった。その星野監督は、そんな16年目のベテランの奮投に、同じく満足。「一度同
点にされたけど、トータルするとまあまあだよ」と言いつつも、目を細めていた。
 一方、好投の中本を見殺しにし、僅差のゲームを落とした関根監督は「結局、デシンセイの一発
だけだったね」と無念さを滲ませていた。



 余談だが、この試合が始まる前、中日サイドとなる左中間には「燃えれドラゴンズ」の手製の横
断幕が上がっていたが、試合開始を前後して、いつの間にか撤去されていた。
 「燃えよ」「燃えろ」ではなく、新潟弁で命令形の「燃えれ」。その後は新潟に中日が来ること
がないので見ることもない、あの横断幕。個人的に、未だに印象に残っている。




9回戦 (ヤクルト 6勝3敗)
新潟市営鳥屋野野球場 18,000人
13:00開始 2時間28分
1 0 0 1 0 1 0 0 0 3
0 0 0 2 0 0 0 0 0 2
(勝) 鈴木孝 4勝1敗
(S)  郭  1勝4敗10S
(敗) 中 本 1勝2敗
(HR) デシンセイ8号(2、鈴木孝)

中 日 打率   ヤクルト 打率
(7) 豊 田 4 1 0 .207 (6) 池 山 4 0 0 .233
(6) 立 浪 4 1 0 .264 (8) 荒 井 4 1 0 .284
(3) ゲーリー 4 3 1 .291 (9) 広 沢 4 0 0 .293
(5) 落 合 4 0 1 .268 (7) 杉 浦 3 1 0 .276
(4) 宇 野 3 1 0 .262 (5) デシンセイ 4 1 2 .179
(9) 川 又 3 2 1 .265 (3) 後 関 4 1 0 .333
9 仁村兄 1 0 0 .250 (2) 3 0 0 .244
(8) 4 0 0 .197 (4) 渋 井 2 0 0 .233
(2) 大 宮 3 0 0 .143 H4 桜 井 1 1 0 .500
2 大 石 0 0 0 .172 (1) 中 本 2 0 0 .000
(1) 鈴木孝 3 0 0 .000 H 八重樫 1 0 0 .273
1 0 0 0 .167 1 梶 間 0 0 0 .000


33 8 3 .242 32 5 2 .232
振1 球1 犠0 併1 残4 振5 球1 犠0 併1 残4

中 日
鈴木孝 7 27 89 5 3 1 2
2 6 20 0 2 0 0

ヤクルト
中 本 7 27 94 7 1 0 3
梶 間 2 7 29 1 0 1 0

(審判)PL鷲谷、1B富沢、2B大里、3B久保田、LL井野、RL小林毅

(三塁打)ゲーリー(4回)
(二塁打)立浪(1回)、杉浦(2回)
(盗塁)宇野(6回)
(失策)宇野(5回)
(走塁死)川又(6回)







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