Home-->写真館/インデックス-->

上越市営球場

じょうえつしえいきゅうじょう

(高田公園・上越市営総合競技場)



フルサイズの画像もお楽しみ下さい。画像をクリックすると表示されます。

〒943-0835 上越市本城町46-1
・1949年7月完成
 1977年照明増設、1979〜80年、98年改修
・両翼:90m
 中堅:120m
※開場時は両翼86.4m、中堅115.2m


●これまでのプロ公式戦開催実績
  パ=2試合 HR6
  セ=3試合 HR6
  計=5試合 HR12

●交通
・JR高田駅より徒歩15分
・JR高田駅より、頚城バス
 「本町経由中央病院」行、「上牧」行、
 「宇津の俣」行などで
 「高田公園入口」下車、徒歩2分

●球場の位置
 

上越市
 上越市は、県内第三の都市。北陸・信州・東
海、そして佐渡へと通じる交通の要所でもある。
 昭和46年、城下町・高田市と港町・直江津市
が対等合併し、現在の上越市ができた。

 高田の中心部に、緑豊かな高田公園がある。
お堀に囲まれたこの公園は、北側には城址を中
心に博物館、厚生南会館、学校などがあり、反
対の南側には運動公園がある。
その南側の方にあるのが、この球場である。
 合併前の旧称は「高田市営高田公園野球場」
といった。現在もこの通称で呼ばれる事がある。
 まずひとこと言おう。

ひどい。最悪です。

球場は総合競技場の南西のはずれにあるのだ
が、最初に足を踏み入れた時、ここが球場な
のか、と我が目を疑った。
 普通、正面にはエンブレムなり、銘板なり、
少なくとも表札くらい掛かっていて、それな
りの威厳めいたものを漂わせているものだが、
ここにはそんなようなものはない。
言うなれば、土手のようなところに欝蒼と木
が繁っているだけなのだ。
 ちょうどこの日は高校野球の県予選が開催
されていたために球音や歓声が聞こえたので
ここが球場である事が解ったようなもので、
ひとつ間違うと相撲場かなんかにも見えなく
はない。
すぐ隣りには、本物の相撲場があるが。
 しかも、それだけではない。
この球場のスタンドは、バックネット裏のメイ
ン、一・三塁側ベンチ上、一・三塁側、外野の
6つから成っているが、その総てが土盛りなの
である。
そして更に言うと、座席はどこにもなく、土が
剥き出しになっている。観客はすべてブロック
か地べたに腰掛けるような格好だ。
 いくら何でもこれはひどすぎる。昭和20年代
じゃあるまいし。

 まず、これはバックネット裏のメインスタン
ドの観客席である。ご覧の通り、盛り土して、
ブロックで席を作ってあるだけである。

 この球場へは、サンダル履き・短パン着用で
来るのは避けた方がいいだろう。
足が砂塵だらけになってしまうからだ。
 続いて、これは三塁側ベンチ上スタンド。
ここにも座席はなく、土とブロックだけで構成
されている。
もっとも、バックネット裏が上のような状態な
ので、ここも然りで、このように土を盛って、
それをブロックで塞き止めて席を作っている感
じだ。
 ここでの観戦には、座布団だけではなく、そ
の座布団を敷く為のゴミ袋も持参する必要があ
る。
 この試合は、この高田公園内に校舎が有り、
甲子園に出場した事もある地元の強豪・高田
工が登場することもあって、反対の一塁側は
満員で、立錐の余地もない。
 この場合、最後列の通路部分は立ち見にな
るわけだが、そのコンクリートの通路が埋ま
ってしまった場合、人の往来はその裏の土手
を歩かされることになる。この日は晴れてい
たからまだよかったものの、雨でも降ったら
危険極まりない。
滑って転んで土手を滑落したらどうするのだ。
事実、私もバランスを取りながら歩くのに苦
慮する羽目に遭った。落ちなくてよかった。
 一塁側・ポール寄りのスタンド。
ここは最も環境がひどい場所といえる。
足元には夥しい数の蟻が歩き回っている。蚊は
飛び、蝿は舞う。脚は痛いの、腕はかゆいのと、
まさに踏んだり蹴ったりである。
 ここでは座布団・ゴミ袋のほかに、アリ用殺
虫スプレー、蚊取り線香が必要だ。
 
 

 そしてこの後ろには照明灯の柱が立ってい
るのだが、この根元には紫陽花の植栽がある。
この陰が都合よく使えるもので、この日、そ
こは即席の便所と化しており、おっさんや非
番の選手達が次々と用を足していった。
 花が黄ばんでいるのは、あくまでも花が終
わったからであり(撮影:7/20)、決して用
便の色ではない。悪しからず(失礼)。
 で、そのトイレなのだが、球場内には2ヶ所
しかないのだ。バックネット三塁側入口を入
って右側、記録室の裏手と、その反対側にあ
るのだが、ここが何と男女共用なのだ。
一応水洗なのだが、これでは余りにも使いに
くい。左の写真の通り、いわゆる"朝顔"こと
男子小便器は5つ、個室は解り難いが2つし
かない。要するに、機能的には、ただの男子
便所に過ぎないのである。

 更に、この球場周辺のトイレはまるで使え
ないのだ。
 三塁側ベンチ上スタンドの裏手にある公衆
便所は、男女別ではあるが汲取式だ。
 バックネット一塁側入口前にある管理事務
所の裏手にもトイレがある。水洗トイレであ
る。しかし、ここはかつての川崎球場のよう
に、女子便所は男子便所を通って行かないと
いけないのだ。これではあんまりである。

 このように、女性受難の球場である。
家を出る前に必ず用を足しておくことをお勧
めする。
 再びスタンドに目を転じよう。

 外野スタンド。狭い。
広さは、悠久山球場の半分程度しかない。
右中間には木がぽつんと立っている。
芝生席、と言いたいところだが、そう言うにし
ても芝はまだらになっているので、こう表記す
る。

“芝生席(一部クレー)”。
 ポール。錆びている。
 しかし、スコアボードだけはきちんとしたも
のが付いているのだ。この辺が何ともアンバラ
ンスである。
 ただ、カウントランプとジャッジランプが見
えにくいのだ。場所によっては点灯しているの
かどうかすら確認できない場合もある。
 一応、ナイター設備あり。照明塔は6基。
 グラウンドだが、こちらもとても誉められた
もんじゃない。

 内野のクレー部は、土と砂の調合がおかしい。
明らかに砂が多過ぎる。当然、保水力はない。
よってグラウンド整備中には、そこここで砂煙
がもうもうと立ち込め、風向きによってはスタ
ンドでも目を開けていられないほどだ。

 というのも、ここのグラウンドに引かれてい
る水道が余りにも細いため(どうも家庭用くら
いの口径しかないという噂)、散水作業を行う
にしても一度に流れる水量が少なく、このため
いくら整備を行ってもグラウンドは湿らない、
とのことである。
ちょろちょろとホースから流れる水を見ている
と、何か哀しくなってくる。
 この水道の不備という問題が、外野の芝に
も影響を及ぼすことになる。
 左の文章から察してほしい。
一般家庭で庭に水を撒く程度の流量しかない
水道が、もしも野球場の散水用に使われたと
したら、水はグラウンド全体にまんべんなく
行き渡ると思いますか?
 答えは自ずと出てくるであろう。
下の写真を見てほしい。

 外野の芝も完全にはがれたままである。
左・中・右とも守備位置全体の芝がはがれき
っている。これでは余りにも危険すぎる。芝
とクレーの境目に足をかけて転んだり、脚を
ひねったりしたらどうするのか。
 

 プレーすることすらも危険な球場だ。
 要は昭和24年の開場以来、これといった改
修もろくろくされないまま、この球場は現在
まで使われているのである。県内の他の都市
が、続々と球場を整備したのとは対称的に、
この街では時間が止まったような状態である。
 記録では昭和56年に上越市合併10周年事業
か何かで一軍公式戦(南海−西武)が開催され
たとあるが、それっきり一軍戦は開催されて
いない。無理もないだろう。ここは既に時代
の遺物なのだ。
 ノスタルジアに浸るだけなら、ここもいい
のかも知れない。しかし、ここは既にプレー
するにも、試合を観るにもそぐわない場所な
のだ。

 10年ほど前にあった、市内に新球場ができ
るという話はどうなったのか。両翼100m、2万
5千人収容という構想は、単なる机上の空論に
しか過ぎなかったのか。市内には近年中に県
営のドーム施設ができるそうだが、普通の硬
式野球場は、結局20世紀中には整備されない
まま、上越市は21世紀を迎えてしまったのだ。


 このような球場なもんで、おまけネタもかなりたくさんある。
よって、おまけは次ページにたっぷり掲載することにした。

とくと御覧ください。


おまけ




-->写真館/インデックス-->Home