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柏崎市佐藤池野球場

かしわざきし・さとうがいけやきゅうじょう

(柏崎市佐藤池運動広場)


2000年4月22日に開催された、
イースタンリーグ公式戦・巨人−湘南の画像を中心にお送りします。

フルサイズの画像もお楽しみ下さい。画像をクリックすると表示されます。

〒945-1354 柏崎市佐藤池新田1150
・1986年11月完成(1987年5月開場)
・グラウンド面積:12,838平方m
・両翼:92m
 中堅:120m
・15,000人収容

●これまでのプロ公式戦開催実績
  パ=2試合 HR10
  セ=2試合 HR7
  計=4試合 HR17

●交通
・JR茨目駅南口より徒歩10分
・JR柏崎駅南口より
 越後交通バス「産業大学前」行で
 「佐藤ヶ池入口」または「厚生病院前」
 下車、どちらも徒歩約10分
*駐車場あり

●球場の位置
 

柏崎市
佐藤池野球場
 柏崎市は、県下第四の都市。
人口9万人弱を抱える、日本海に面した風光明媚
な街である。
また、東京電力・柏崎刈羽原子力発電所、大手菓
子メーカー・ブルボンの本社もこの街にある。
首都圏へ、全国へ、私たちの生活の糧が、送り出
されているのだ。

 この街にも、野球場がある。
北陸道・柏崎インター、JR茨目駅からもすぐのと
ころにある好立地。総工費11億円(当時)を費や
し、86年11月に完成、翌年5月にオープンした。
 これまでにプロ公式戦も過去4回開催されてい
る。89年5月27日に、ヤクルト−大洋(現横浜)が
ここで開催されているが、谷繁元信のプロ初本塁
打は、実はこの時に生まれている。当時球団史上
初の高卒ルーキーのHR。5回一死、先発・尾花の
初球を左中間へ運んだ。16試合、33打席目での
一発だった。実はここでは、それよりももっと大
きな事件が起こっているのだが、それは追々。
 尚、柏崎市は行政上では、長岡市などと同じ
中越地区に分けられているが、高校野球では便
宜上、上越地区になっており、上越地区の主会
場はこの球場である。
イ公式戦・巨人−湘南戦は、柏崎市制60周年記念
事業の一環として開催された。スタンドは久々に
賑わい、大いに盛り上がった。
奇しくも50年前の1950年、市制10周年記念で柏崎
高校グラウンドにやってきたのも、巨人−大洋。
二軍とはいえ、同じ顔合わせとなった。

<車でお越しの場合>
・北陸道・柏崎ICからは、インターを市街地
 方面へ降り、茨目交差点を左折。信越線の
 踏切を渡ったら、信号を左折。次の信号を
 右折。右カーブに突き当たる手前で左折し
 北陸道のガードをくぐったところ。
・R8からは、日吉町交差点を柏崎IC方面へ曲
 がり、茨目交差点を右折。あとは同上。
※どちらも道路上に案内標識はあるが、距離
 表示に注意。
※駐車場の収容台数が少ないため、プロ野球
 や高校野球などでは、できるだけ公共交通
 機関の利用をお勧めしたい。

久々に開いた外野スタンドから、グラウンドを望む。
 両翼は92m、中堅は120m。
昭和61年に完成した球場にしては狭い設計で
ある。今や、両翼100mは当たり前の時代。
完成当時は当たり前の広さだったものの、今
や狭い部類の球場である。

 収容人員は15,000人。
内訳は、内野6,400人、外野8,600人収容。
この規模は県下トップを誇る。

 だが、これらの数字を見ても、この球場で
プロの公式戦を開催するのはあまりにも無理
がありすぎたと言える。
 そして、この球場にはナイター設備がない。
このことが、ある大事件を引き起こしてしま
うのだ。これについては後程お話ししよう。

 スコアボードはパネル式。
形としては至ってオーソドックスなものだ。

 因みに、後方に見えるのは佐藤池サッカー場。
しかしサッカー場とはいえ、残念ながらクレー
コート。瑞々しい芝を持たないグラウンドは、
晴れた日のゲームでは、砂塵がもうもうと立ち
込めている。

地元出身の巨人・加藤健捕手(新発田農高−99D3)は
この新潟シリーズ2試合(翌23日は三条市民球場)に
スタメンフル出場した。

 この佐藤池球場は海岸部から5kmほど内陸に
入ったところにある。潮風は時に強く吹き付け
る。その影響が、近年モロに出始めてきたので
ある。それが、スコアボードの金属部の腐食。
下が、その証拠だ。


三塁側の屋外ブルペン。
県内の球場の中では、比較的広めのファウルエリアを
有するにもかかわらず、ブルペン設置でその意義も半
減してしまった。因みにこの日、両チーム投手陣は屋
内練習場で調整していた。
 開場以来、これといった改修もなされぬまま
で、ここ最近、場内設備の陳腐化が指摘されて
いたが、00年春にフェンス、ネット前部分等の
塗り直しなどが行われた。

 しかし、どうも解せないのは、屋外ブルペン
が設置されたこと。一・三塁側ファウルエリア
にマウンドが各々1つずつあるのだが、後にも
触れるように、ここには屋内ブルペンがあるの
に、である。建設当初はファウルエリアを広く
取れるように、わざわざ屋内練習場を設けたは
ずなのに、そこへ来てこのブルペン増設。非常
に理解に苦しむところだ。

 因みに、バックネット前のファウルエリアに
は開場当時「KASHIWAZAKI」と都市名の入った
ウォーニングゾーンがあったが、劣化したため
に現在は撤去されている。
 続いて、ダッグアウト付近。

 ダッグアウトはそれほど広くなく、使い勝手は
あまり良くなさそうだ。
右側の窓の部分は、カメラブースとして使用され
ることもあり、この裏手は屋内練習場になってい
る。因みに、県内の野球場で初めて屋内ブルペン
を持ったのが、ここ佐藤池だった。

一塁側ダッグアウト横は、日本テレビのCS放送、
NNN24のカメラ。ベンチの表情も押さえる為、フ
ァウルエリアにスタンドカメラを構えた。翌日の
三条市民球場でも、ブースには入らず、ファウル
エリアにカメラを置いた。
因みにTBSも、「ZONE」の巨人二軍をテーマにし
た取材で、この2連戦に帯同した。

試合前の三塁側屋内練習場、関口の投球練習に付き合
って左打席に立った新井潔の後ろに、私も立った。
そして関口の投球に合わせてステップをしてみたのだ
が、やはりプロの球。スタンドで見るよりも遥かに速
く見えた。大変良い経験をさせてもらった。つっても
勿論、フェンスの外側でですけどね(苦笑)。
試合途中には、阿波野、五十嵐も見ることができた。
7回裏、試合経過を見に行って、ブルペンに戻ってき
た阿波野、その最初の一言は「1点取られました」で
あった(笑)。
 ブルペンを兼ねる屋内練習場。
左の写真は一塁側のものである。

 内野スタンド下にあり、外からはフェンス
で囲ってあるだけで丸見えである。
プロの試合が来た時などは、投球練習だけな
らここでタダで観られるのでお得かも。

 予めお断りしておくが、この写真はカメラ
をフェンスの内側にくぐらせて撮影している。
実際には外からは中に入ることはできないの
でご注意の程。
 スタンドに眼を移そう。

 先程挙げた通り、計15,000人収容のこの球場。
残念ながら、居住性もいまいちである。

 バックネット裏の席は御覧の通り、グラスフ
ァイバー製と思しき長椅子。勿論、内野スタン
ド6,400人分はすべてこの長椅子で捌いている。

 県内では、三条市民球場以外の球場すべてが、
内野スタンドの位置別での座席形状の差別化が
なされていない。それも、何処もかしこも背も
たれのない長椅子のオンパレード。見る場所だ
け違いがあるだけで、居住性はどこに座っても
同じ。プロの試合が遠のく理由も理解できる気
がする。バックネット裏の席に背もたれがない、
というのはある意味みっともない事だと、私は
個人的にそう思っているのだがどうだろうか。
 内野スタンドのトイレ。当然、水洗です。


 補助カウントランプ。これは有難い設備。
県内のプロ公式戦開催球場では、初めて設け
られた。
 外野スタンドは、ここ数年間プロ野球の開催
もなく、高校野球県大会の決勝戦会場からも外
されて久しく、ほとんど使われていないと云っ
ていいだろう。8,600人収容。
但し“詰め込んで”8,600人である。三条市民
球場がここよりも広くて7,600人収容を謳って
いることを考えると、この「8,600」という数
字は若干無理があるのではないか。
 両翼92mで、狭く傾斜のない外野スタンド。
場外ホームラン量産球場でもある。

 尚、右翼スタンド後方には佐藤池第二球場が
ある。98年に供用開始。基本的には本球場のサ
ブグラウンドだが、草野球などでも市民が手頃
に使えるグラウンド、という感じ。少年野球な
どでも使用されることが多いようだ。
 小休止。

 すっかり使われなくなった外野スタンド。
左翼ポール際のスタンド入口前にあるトイレは、
今や用無しといった風情、現在はこうして物置と
して使われていることも多々ある。
男子トイレのドア前には肥料などが置かれ、もは
や用を足す場所としては用を足さなくなってしま
っている。

 さすがにこれはイースタンの時には取り払われて
いたが、床面は白っぽく変色し、男子トイレ入口の
扉はストッパーがないために、いちいち重い扉を開
け閉めしなければならなかった。
 球場付近は、その地名が示すように、かつて
は佐藤ヶ池という池があったところ。
かねてから、地盤沈下や球場設備の維持管理に
問題が出るのではないかという懸念があったの
だが、その一端を垣間見ることができた。
 左は外野フェンスのバックスクリーン付近だ
が、微妙に歪みが生じているのがお解りになる
だろうか。グラウンドも遠目に見ると、この付
近で微妙に沈み込んでいるのが解る。
 数年後、この付近はどうなってしまうのだろ
うか。注意を要する箇所である。
 先程、潮風にあおられてスコアボードが錆び付
きはじめているという話をしたが、風の影響を受
けている箇所がもうひとつある。それが、このポ
ールだ。
 ご覧の左翼側のポール、右側に微妙に傾いてい
るのがお解り頂けるだろうか。潮風はライトから
レフト方向へと吹き付ける。その結果として、こ
うして傾いてしまったのであろう。
 このまま放っておけば、間違いなくポールは曲
がる。それ以前に、いずれは錆び付いて倒壊する
かもしれない。支柱を設けて直立を維持し、防錆
対策をしっかりして欲しい。

 尚、内野スタンドの一番外野寄りの支柱には、
スピーカーが設けられている。外野にも、きちん
とアナウンスが届く。音響面では良心的な球場だ
と言えよう。
 改めて云っておくが、柏崎は原発のある街
である。原発のお膝元なのに照明がない…
何と云うか、哀しくなってしまう。
 しかも、柏崎市への原発立地交付金は、既
に交付が終了している。この交付金を元に造
られたこの球場だが、予算的にはこれまでと
一転して厳しくなり、また周辺では宅地化が
進み、かつて沼地だったこともあって地盤沈
下も懸念されている。一部では、今後大規模
な改修を行うのは、絶望的だとも噂されてい
る。

 しかし、立地的にも良く、設備も基本的な
ものは備わっている球場である。オープンか
ら12年を経て、老朽・陳腐化した部分も多い。
いろいろ問題はあるだろうが、何とか維持し
てほしいものだ。
 おまけ。

 実はこの佐藤池球場、すぐ横を北陸自動車道
が通っており、道路上からも球場を見ることが
できる。
 方向的には、長岡方面から上越・富山方面へ
向かう上り線側で、柏崎インターを過ぎてすぐ、
進行左側に球場が見える。時速100kmで走って
いる場合、球場が見えているのはほんの10秒か
そこら。グラウンドは見ることはできないが、
スコアボードはしっかりと確認できる。試合中
のスコアもよく見えるんだ、これが。

 しかし、如何せん高速道路。余計な脇見は事
故につながりかねない。くれぐれも安全運転を。
せっかくなので、
G−SS、当日のおまけ。

(その1)
 試合前、ノックを受ける加藤健(G)。
イースタン開幕以来、打撃不振に喘いでいた
のが、この日は嘘のよう。第2打席は湘南先発
の細見から、投手強襲の左前適時打、第4打席
は左翼場外へ今季1号。翌日も活躍し、地元で
復調のきっかけをつかんだ。
 数少ない新潟県出身の野手。今後の活躍に是
非とも期待したい。
(その2)
 かたや、アップ中の長見賢司(YB/SS)。

 因みに言い忘れたが、湘南シーレックスは、そ
もそも横浜の二軍。00年シーズンから、独立採算
と地域密着を目指して一本立ちした。
そのシーレックスの旗上げ試合となった、一・二
軍対抗の練習試合が2月、キャンプ地の沖縄・宜
野湾で行われた。一軍のベイスターズ、この試合
に先発したのは福盛和男。「シーレックス組にホ
ームランを打たれたらボウズになる」と豪語。
その福盛から左翼ポール際に大ファウルを打ち上
げ、ビビり上がらせたのがこの長見である。
 91年D1で西武に投手として入団。95年に打力
を買われて打者転向も、97年に横浜へ移籍して
きた。しかし、変化球が克服できないのが仇と
なり、長らくシーレックスに甘んじている。

 長見はこのまま“福盛をトゥキンにさせ
かけた男”
だけで終わってしまうのか。大器
だけに、それだけで終わっては欲しくない男
である。

※追記:残念ながら2000年シーズン限りで引退、現在
 は家業の手伝いをしているとか。本人曰く「悔いは
 ない」とのことだが、やはり最も輝いたのは、あの
 “ボウズ騒動”の瞬間だったのだろうか(苦笑)。

おまけ、ラスト。


(その3)
※打者:新井潔、捕手:加藤健

ストラックァーウッ!!
<ミスター柿の種・濱野太郎談>


“ミスター柿の種”これ、解る人は少ないでし
ょうね。少なくとも県内では、誰ひとりとして
理解できないでせう(大爆笑)。

 尚、この試合は9−5で巨人の勝ち。
勝:西山、S:柏田、敗:細見、HR:加藤1号



 先に挙げた通り、ナイター設備がないこの球場、開場を記念して開催されたプロ野球の
試合で、何と日本プロ野球史上で8回しかないという、とんでもない記録が生まれた。

 昭和62年5月23日に当地で開催された南海−ロッテ7回戦は試合途中に日没が迫り、
照明設備がないため試合が続行できず、規定によりサスペンデッドゲーム(一時停止試合)
となった。「え?日没はコールドでしょ?」という方、実はかつて、ルールが今とはちょっと
違っていたのだ。以前、パではこのようなケースでは、試合を預かるルールになっていたので
ある。
 ※尚、94年以降はパ・リーグでも日没の場合はコールドゲームとなる。

 ともあれ、この「事件」に関しては別途ページを設けたので、そちらも併せて御覧下さい。
このページを編集していく上で私自身もいろんな事が解り、そういう意味でも大変楽しい
ものでした。是非御一読を。


佐藤池球場・特別企画
史上最後のサスペンデッドゲーム


 





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