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Ver.4.5
07/29/2003
| 長岡市悠久山野球場 ながおかし・ゆうきゅうざんやきゅうじょう/Yukyuzan Baseball Stadium,Nagaoka City |
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![]() 県内でも有名な無料観戦のメッカ・“蒼柴(あおし)の杜”の即席立見席からフィールドを望む。 伝統あるスタジアムとはいえ、スタンドの設備そのものは全てにわたってミニマム。 いつかは未だに決まらねど、“後継者”が登場するその日までは、まだまだ我慢を強いられそう。 <06/03/2001・北信越高等学校野球大会、準決勝第1試合終了後のインターバル> |
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〒940-0827 長岡市悠久町400 ・1967年5月完成 1988年5月改修、2001年3月外野拡張 ・グラウンド面積:13,310平方m ・外野フェンス高:−m ・両翼:98m 中堅:122m ・8,218人収容 ●これまでのプロ公式戦開催実績 パ=15試合 HR48 セ=9試合 HR20 計=24試合 HR68 ●交通 ・JR長岡駅東口より、越後交通バス「悠久山」行で 終点「悠久山」より徒歩2分 ・車でお越しの場合:boroMobile-i参照 ●球場の位置 ![]() ●長岡市 ・悠久山野球場 |
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新潟県第二の都市・長岡市。その中心部から車で10 |
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![]() 山の上に見える建物は、長岡市郷土史料館。 現在の長岡駅付近にあった長岡城を模したもの。 麓にあるドーム状の建物は長岡大学(旧中越高立地)。 三塁側から、これらの風景が望める。 そもそも、悠久山球場は私営で始まったものだっ |
などの舞台から忽然と消える。雪国の地方都市での私 営球場というのはさすがに無理があったようで、慢性 的な赤字を抱えていたのだ。 60年、長鉄・栃鉄・中越バスの3社が合併して、越 後交通となったのを相前後し、この「初代」は取り 壊され、跡地は市が買収。64年に開催される新潟国体 の水泳会場となる県営長岡水泳競技場(62年完成、83 年市に移管、現長岡市悠久山プール屋外水泳場)の建 設用地となった。しかし開催予定だった夏季国体は、 新潟地震の発生により、止む無く開催を返上すること になってしまった。 67年、その悠久山プールの裏手に市営球場として 完成したのが、現在の悠久山である。 残念ながら「初代」の面影はどこにもない。また石 碑など、トリビュートする類のものすらどこにも見当 たらず、関連する資料や写真も乏しい。 |
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スタンドは、メインスタンドのAスタンド、一・三 塁側のBスタンド、そして外野スタンドの4ヶ所から 成っている。 球場全体の収容人員は8,218人。01年の改修で外野 を拡張する際にスタンドの前半分を削ったため、収容 人員は改修前の13,718人から大幅に減少した。 ただ、この数字は完成当時のもの。これまでのスタ ンドのサイズを考えると、実際に1万3千人入れるだけ の実勢キャパが確保されていたとはお世辞にも言いが たい気がしないでもない。 ともあれいずれにせよ、今後ここでプロ野球の公式 戦が開催されることは、間違いなくあり得ない。仮に 開催されたとしても二軍戦になる。 改修完了後の2001年シーズン以降、5月の第2もしく は第3週に開催される巨人のイースタン・新潟シリー ズは、県内で最も設備が整っている三条市民球場と、 この悠久山を使用しての土・日2連戦による開催体系 が定着しつつある。 ただ、この悠久山と三条市民との距離は、直線にし て約20km程。県内中央部で、しかも4つ隣合わせの街 での開催というのは、県下他地区のファンにすれば、 やや不公平感を覚えてしまうきらいもある。しかしこ れも、設備の整っている野球場が、県下には余りにも 少ないという問題の裏返しだったりするわけだが(も っとも選手にしてみれば、移動の負担が軽減できるの で楽なのだろうが…)。 |
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| 01年の改修までは、フィールドは両翼が90m、中 堅は120m。ここ10年間プロ野球公式戦が開催された 球場では、両翼は福山市民球場と並ぶ狭さだった。 しかし既に時代の趨勢にそぐわなくなったことも あり、01年の天皇賜杯軟式野球選手権開催に合わせ て00年8月中旬から半年間を掛け、約1億7千万円を 投じて改修されて、両翼98m・中堅122mのアマチュ ア公認規格に拡張された。フェンス高も上がり、面 目を躍如したと云ってもいいだろう。 これまでは本塁打が出やすい球場ということをか ねがね指摘されてきたが、今後は外野手の守備力や、 二塁打・三塁打といった、フィールドの広さを活か したプレーが主眼となる。 因みに、先に取り上げたイチローの初本塁打は、 現在のフィールドに換算すると、右中間突破の二塁 打といったところだろうか。 ただ、このフェンスには問題点がある。 右写真の通り、ラバー部分の上に1m強のネットが設 けられているのだが、これは金網ではなく、ポリエ チレンネット。また最上部にも黄色などの塗色もさ れておらず、オーバーフェンス性の微妙な打球がミ スジャッジされる恐れがある。 新潟県内の高校野球公式戦では、ここ近年、オー バーフェンスを誤審するケースが続発しているが、 こういった球場の設備不備も、その原因となってい るのではなかろうか。 |
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![]() 03年5月17日のイ・G−S、2番手で登板した本間忠。 新津市出身・日本文理高出。実家が大工ということで、 異色の選手として一躍有名になった。 1回を1安打1四球1失点。原俊介にソロを被弾と、 右肘手術のリハビリ明けとはいえ、内容は今ひとつ。 パイプ椅子を並べ、即席の待機場が設けてある。 ※レンズをネットから潜らせて撮影 |
ファウルエリアは鳥屋野よりは若干広めに取られて はいるものの、ブルペンはマウンドが1つしかなく、 たった1人だけしか投げ込む事ができない。通常であ ればプロ・アマとも試合中は、ブルペンで2〜3人が投 げ込みをするが、ここでは1人が投げ込みする間、も う1人はキャッチボールなどをしながらマウンドの順 番を待つという、特異なパターンで投球練習を行わね ばならないのだ。 ブルペンの真横・Bスタンド下には、小さいながら も屋内練習場がある。しかし、この練習場は面積が狭 く、高さもないことなどから、ほとんど全くといって いいほど稼動していない、遊休設備と化してしまって いる。先の件だが、どうしてこれをブルペンとして活 用しないのだろうか。 |
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スコアボードだが、昔はもっとひどかった。 数年前に建て替えられ、結構見やすくなったのだが、 昔はもっと表示部が小さく、外野スタンドからでさえ もやっと何とか見える、という有様だった。その頃に 比べると良くなった方だ。 それでもやはり見にくい。コンパクトに作るのは決 して悪いことではないのだが、旧スコアボードの寸法 にとらわれず、もう少し大きく作るべきだったのでは ないだろうか。また、スコアボードの下部はバックス クリーンを兼ねているが、住宅用の外壁材を緑色に塗 っただけで、高さもない。これでは打者は投球が見に くいのではなかろうか。時計が付いていないのも惜し まれる。 尚、03年シーズンより、中堅の距離表示の位置が変 更になった。中堅最深部の真正面に、白くデカデカと 「122m」と書かれていたのが、それが消され、やや右 翼寄りに移動し、文字も小さくなった。競技面におい て、投球の視認性を向上させる上でも、好感の持てる マイナーチェンジといえる。 |
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| 内野スタンドのベンチ。A・Bスタンド共通。 樹脂製ベンチで、パーティションのない長椅子だ。 でもやはり、バックネット裏の席は背もたれがな きゃいけないでしょう。例えばプロ公式戦は、二軍 戦でもネット裏と一、三塁側の値段は違うわけで、 値段が高くても居住性が同じというのは何とも解せ ないところではある。 |
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ここの内野スタンドは物凄く小さい。収容人員は、 Aスタンド3,492人、Bスタンド2,226人、計5,718人で ある。建物そのものも小さいが、内野スタンドの通路 から観覧席に向かう時の階段の天井がとんでもなく低 い。概ね180cm程度しかない。 普通の人は、スタンドに上がる時は特に天井を気に する事はない。階段を上る際は、無論、天井は目線の 上にある。頭が天井に当たる可能性は余りない。 しかし、帰りは大変だ。階段を降りるときは天井が 目より下にある。階段を降りていくと、天井が目の前 に近付いてくる。下手をすると、天井の角に頭をぶつ けてしまうので、大変危険である。 長岡市もそれを承知しているのか、天井には「頭上 注意」の看板と共に、角の部分に緩衝材を貼って、注 意を喚起している。現状は、これで乗り切るしかない ようだ。 |
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| 外野スタンドだが、これもまた小さい。 改修前の収容人員は8,000人だったが、先に記した通 り、改修後は2,500人に改められた。 出入口は、両翼ポール際の搬入口を兼用した2ヶ所 と、バックスクリーン裏の計3ヶ所。勿論、全面芝生 席。尚、バックスクリーン裏の出入口はもう長いこと 開放していない。 89年に、同じように外野を拡張した鳥屋野の場合、 両翼のポール際付近だけを切り崩したため、左右中間 の膨らみが少なくなっているが、この悠久山の場合は 外野スタンド全体を切り崩して、フィールド全体を拡 張したたため、違和感は余り感じない。ポール際の搬 入口周辺、作り直した階段部分とも上手く処理してあ る。ただ、通路がないのは利便性に欠く。もっとも外 野スタンドは、せいぜい年に1回か2回使う程度なの で、これでいいのかもしれない。 |
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| 因みにですが、外野はこうやって拡張しました。 | ![]() |
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当写真館の旧Ver.では、内野Aスタンドのトイレが 外から丸見えになっているという指摘をさせて頂いた が、この改修を機に、ある程度の対策が講じられるこ とになった。 左の写真のように、内野Aスタンドのトイレの入口 に、ビニール製のカーテンが設置された。スペースが ないので、改装など、これ以上の改善策を期待するの は難しいところだし、たかがビニールカーテン1枚付 けたところで抜本的な対策になるとは思えない。しか し、これまで置かれていた状況に気付いて頂けた(と はいえ、ウチでこの件について掲載したことがきっ かけになったとは到底思えないが)ことは評価したい と思う。 尚、外野スタンド(バックスクリーン裏)のトイレは 汲取り式。年に1〜2回の稼動とはいえ、清潔感や、現 実的に衛生面を考慮する上では、お世辞にも良い印象 を与えるものではない。 |
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| 再びフィールドに眼を転じると、ダッグアウトも非 常にミニマム。ご覧の通り、少し掘り下げてあるのだ が、狭い上に、こちらも天井が非常に低い。スタンド の階段と同様、3箇所の出入口のところには緩衝材が 貼られている。 左側に金属フェンスの小さな扉があるが、ここは試 合中はボールボーイの待機所として使われている(一 塁側にも同じ箇所に扉がある)。ベンチ周りにスペー スがないため、悠久山ではこのような措置をとってい るのである。 ファウルボールの処理やニューボールの準備の度、 ボールボーイがここから出入りして役割を果たす。 因みにこの三塁側ダッグアウトには、90年5月のヤ クルト−広島戦の折(つまり広島側)に、ヘルメット ケースの上に鶺鴒(せきれい)が巣を作っていたとい う珍事があった。3羽の雛が親鳥の帰りを待っていた が、試合前のダッグアウトは人が多いために親鳥が 恐れて入ってこれず、餌がなかなか貰えない。選手・ 報道陣は気を遣ってベンチの端に固まっていたが、当 時自宅で小鳥を飼っていた達川が「大丈夫よ。朝飯を 食ってりゃ8時間は持つから、絶対死なんよ」とアド バイスしたとか。 因みにこの試合、広島が11−4で大勝している。 |
続けて余談になるが、01年夏の高校野球県大会の試 合で、ある高校の監督が、投手交代の合間に喫煙のた め中座したことがある。このような小さな球場ゆえ、 喫煙所はダッグアウト裏すぐのところ。運悪く、県内 の放送局がちょうど煙草をくゆらせているところを捉 えたカメラにスイッチしたため、全県にその模様が放 映されてしまった、ということがあった。悪いことに その後、その監督らはえらく非難される憂き目に遭っ たそうだ。他愛もないことかもしれないが、これもま た球場の設備不備が生み出した不条理の一つだ。 また、県内メディアが配慮を欠いた制作をしていたこ とも、指摘しておくべきファクターだ。 |
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内野はクレー舗装、外野は天然芝というオーソドッ クスなフィールド。ただ丘陵地に接する箇所にある 立地上、フィールドは冬場、雪に閉ざされる。このた め、積雪の重みで土が締まってしまい、暗渠がすぐに 悪くなってしまう。故に水捌けはよくない。 ファウルエリアにある程度膨らみを持たせてあるの で、鳥屋野に比べると圧迫感を感じないし、スタンド とフィールドとの間もちょうど良い距離感覚で観るこ とができるところは、長所といえば長所だろう。 向こう側に見える郷土史料館の展望フロアからも、 悠久山のフィールドがよく見えるので、一度お試しの 程(さすがに試合展開等々は、遠くからではわからな いが)。左翼場外、蒼柴神社の北参道から15分ほど、 ちょっとした山登りをしたところにある。 |
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| 蒼柴神社の話が出たところで、頭書した「蒼柴の杜 スタンド」について触れておこう。 ここの右翼裏手には蒼柴神社の表参道が通っている が、境内に向かうまでの石段から少しそれたところ、 鬱蒼と繁る木々の合間から試合観戦を洒落込むことが できる。 タダ見客の中には、自転車で乗り付けた近所の人が いたり、椅子とレジャークーラー、弁当・つまみ持参 という、すっかり勝手を心得た強者の一団がいたり、 と多士済々である。 観戦ポイントとしては、写真の右中間付近一帯と、 左中間の中堅寄りがおすすめ。ただ、足場が少々悪い ので、滑らないよう充分注意すること。 因みに表参道だが、現在はバス停や駐車場のある北 参道がメインルートになっていることもあって、普段 は人通りが少なく、石段も苔むしているため滑りやす いので、こちらも足許に充分ご注意の程。 |
因みにこの蒼柴の杜スタンド、何かしら試合が行わ れている時には、必ず誰かしらがここで無料観戦を決 め込んでいる。たとえ高校野球の入場料が500円だろ うと、イースタンの外野席入場料が200円(98年・ヤ クルト−巨人)だろうと、高校の秋季シーズン前に開 催されるシード決定戦の入場料が無料だろうと、必ず ここで観戦している人がいるから面白い。 つまりはここで観戦することが、長年の間に一種の ステータスと化してしまった、とも云えなくもない。 斯く云う私も、ここでの観戦経験者です(笑)。 |
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コンクリートが塗装されている分、鳥屋野よりは老 朽化の度合いが幾分か軽減されているとはいえ、ほぼ 同年代に完成した悠久山。時代の趨勢に合わせるべく 外野を拡張したとはいえ、どこを見てもミニマムな設 備は、試合運営面でも観戦面でも、満足できる環境と は、残念ながら決してお世辞にも云えた物ではない。 先代の栃尾鉄道悠久山野球場時代から数えて既に半 世紀以上、長岡郊外(とはいえ、今やすっかり市街地 の一部になっているが)のこの地で、県内球界は熱戦 譜を刻み続けている。しかし21世紀の今、そろそろ 新たなる道を切り拓く必要があるのではなかろうか。 |
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| 実はこの01年の悠久山の改修を相前後して、長岡ニ ュータウン地区に、新しい市営球場が建設される可能 性がある、という情報が流れたことがあった。09年の 国体の会場となる県営プールの建設予定地が二転三転 している過程で湧き上がってきた風説で、結局は不確 実なもので終わったが、依然待望論は根強い。つまり はそれだけ、悠久山の設備面の不備が、県内球界の焦 燥感を生んでいるという証拠でもある。 その新たなスタジアムが、本当に現実のものになる のか、そしてそれは一体いつになるのか、現在の段階 では全く解らない。 しかし、ひとつだけ約束して欲しい。先代の悠久山 球場が、何の痕跡も資料もなく、さして敬意を払われ ることもないまま現世から姿を失せてしまった過去の 過ちを、二度と繰り返してはならない。「夢」が実っ たその時、役目を終えるであろうこの小さなスタジア ムについて、何らかの形で後世に伝える術を施すこと が、私たちの義務であり、責任なのだ。 |
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01年に行われたG−Sより。 試合前、ブルペンのキャッチャーボックスラインを 書く、安原(左)と玉峰。 玉峰はこの1ヶ月後、三澤と共に近鉄にトレードさ れたが、一軍での出番はなく、リーグ優勝に貢献する ことができなかった。 |
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| 同じく01年のG−Sより。 プルペンの河原にかぶり付くファンたち。 |
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再び申し上げます。 悠久山では「頭上注意」です。ほんとに(笑)。 |
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