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| 現役選手 |
| 金子 千尋 Chihiro Kaneko | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 三条市(長野県長野市) 1983.11.8生 投 手 右投左打 長野商業高−トヨタ自動車→オリックス(05自−) |
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| −試合 −勝−敗−S − |
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| 小学3年まで三条市在住。父の転勤で長野市に転居した。高校2年時、2000年春のセンバツに出場(長野商の出場は68年ぶり)。リリーフとして2試合に登板、1勝1敗。3年時の夏は長野県大会ベスト4進出も甲子園出場はならず。投手としてだけでなく、打者としても活躍した。2002年、トヨタ自動車に入社。3年目の2004年は主にリリーフとして登板。都市対抗の本大会にも登板した。が、秋の社会人選手権を前に、遊離軟骨による右肘痛を発症、登板を回避した。同年秋、オリックスと大阪近鉄の合併球団である「オリックス・バファローズ」に自由獲得枠で指名された。 だが、ドラフト前には指名を巡ってトラブルが生じた。 オリックスの小泉隆司球団社長が、既に自由枠での獲得が公示されていた金子について、契約しない可能性を示唆したのだ。金子の社会人選手権の登板回避を巡って、11月15日に行われた実行委員会の席で、小泉社長が「プロ球団が契約した後に、以前からあった故障が発覚した場合はどうなるのか」と発言したことが引き金。この発言に対してコミッショナー事務局側は、自由枠での獲得を急遽変更するようなことが実際に起これば、プロ・アマ間の関係が悪化することを強く懸念。トラブルが起きた場合には、球団単位で対応する必要性を説明した。そもそもオリックスは金子の故障歴について事前に把握しており、メディカルチェックも受けさせ、来季以降の投球に支障がないことを確認していたものの、球団のトップが実行委員会の席で問題提起したことにより、現場サイドは一時混乱。報道されることを見込んで、熊野スカウトがトヨタ側への説明に追われるなどした。 入団会見で、金子は「合併1年目のチームで野球ができて嬉い。岩隈投手のように、調子が悪くても試合をつくれる投手になりたい」と抱負を述べた。 ストレートは140km台中盤、ウイニングショットはスライダー。ルーキーイヤーからリリーフでの活躍が期待される。 |
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