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現役コーチ



渡辺 浩司 Hiroshi Watanabe
白根市 1963.8.9生
 内野手 右投左打

新潟商→日本ハム(82−97)
 →日本ハム北海道日本ハム(98−・コーチ)
270試合 .231(675-156) HR-6 RBI-69
 白根市大鷲の肉屋「鶴久」の長男として生まれる。甲子園行きを目指して新潟商に進むも、
入学時には野球部が目下、1年間の対外試合禁止処分を受けており、1年時は実戦に臨めず。
2年時からレギュラー。3年時は副将に就くが、夏の県大会は3回戦で敗退。

 高校卒業後はニチエー(現バイタルネット)への就職が決まっていたが、日本ハムのテスト
に合格し、プロ入り。打撃力はあったものの守備面に不安があり、二軍でレギュラーを獲得
したのは5年目のシーズン。85年は二軍の優勝決定の試合でサヨナラ適時打を放つ。
 87年春、初めて名護キャンプに参加、フロリダキャンプのメンバーにも選出。初の開幕一
軍もこの年。6月21日・近鉄戦(藤井寺)、スタメン三塁が初の公式戦出場となった。
 しかし以後、長らくエレベーター生活(専ら二軍)が続く。94年には本名の「浩」から「浩
司」に登録名を変更。
 95年、正二塁手の白井一幸が故障で長期離脱を余儀なくされ、14年目にして二塁のレギュ
ラーを獲得。序盤は3割をマークするなど打撃好調。6月の対近鉄・新潟シリーズ、10日(三
条)は二塁打を含む2安打、11日(新潟)は2回の9得点に絡む犠飛を放つなど活躍。7月7日の西
武戦(東京ドーム)では、西崎幸広のノーヒットノーラン達成の瞬間、二ゴロを処理。結局こ
の年は116試合に出場、初めて規定打席に到達した。「14年目のレギュラー獲得」は、シー
ズンを通じて話題になっている。
 だが程なく、金子誠ら若手の台頭で、97年を最後に現役引退、コーチに転身。若手の兄貴
分としても貴重な存在。

 98年二軍打撃コーチ補佐、99年コーチ昇格。
 02年から一軍打撃コーチに就任。
 03年シーズン、ヒルマン監督が就任、打撃コーチはゲーリー・デンボとの2人体制に。


年 度 所属 背番 試 合  打 率  本塁打 打 点 盗 塁

1982 56 一軍出場なし
1983 56 一軍出場なし
1984 56 一軍出場なし
1985 56 一軍出場なし
1986 56 一軍出場なし
1987 56 13 .200 1 1 1
1988 56 5 .000 0 0 0
1989 56 一軍出場なし
1990 56 10 .167 0 1 0
1991 56 6 .500 1 1 0
1992 56 19 .208 0 2 0
1993 56 一軍出場なし
1994 56 2 .000 0 0 0
1995 56 116 .246 3 45 14
1996 4 79 .222 1 18 1
1997 4 20 .143 0 1 0

通 算 270 .231 6 69 16

1998 91 二軍打撃コーチ補佐
1999 91 二軍打撃コーチ
2000 91 二軍打撃コーチ
2001 91 二軍打撃コーチ
2002 91 打撃コーチ
2003 91 打撃コーチ
2004 91 打撃コーチ










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