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現役選手



小林 幹英 Kan'ei Kobayashi
新潟市 1974.1.29生
 投 手 右投右打

新潟明訓高−専大−プリンスホテル→広島(98D4−)
236試合 15勝17敗29S 3.91
 小学校4年から、新潟に生活の拠点を置く(父は国家公務員で転勤が多い)。中学時代は新潟東
リトルでプレー、1988年のヤクルト−中日(鳥屋野)で始球式を務めたこともある。
 高3時の1991年、夏の県大会で優勝を飾り、新潟明訓高の甲子園初出場に貢献したが、甲子園
では柳ヶ浦(大分)の前に初戦敗退の苦杯を喫する。
 卒業後は専大に進学。しかし入学した92年春季を最後に、専大は二部落ち。1993年秋季から
主力となり、4年時の1995年秋季リーグ二部で優勝、入替戦にも勝って、8季ぶりとなる一部復
帰の置き土産を残した。プロからの指名オファーもあったものの結局指名されず、プリンスホ
テルに入社。1996年、都市対抗出場。1997年オフ、広島の4位指名を受け入団。

 プロ1年目はシーズン序盤から、セットアップに抑えにとフル回転。9勝18S(18セーブは当時
の球団新人記録。現在は03年・永川勝浩の25セーブ)、防御率2.87をマークするも、ルーキー豊
作年ということもあって新人王争いは熾烈を極め、タイトルは結局川上憲伸(中日)の手に。し
かし、選から漏れた高橋由伸(巨人)、坪井智哉(阪神)と共に、新人王獲得に等しい活躍を認め
られてセ・リーグ特別表彰を受けた。
 しかし、クローザー定着を期待された2年目は3勝7敗10S、防御率5.86と不振に。
 2000年は主に中継ぎを任されるも、3度の二軍降格などもあって、勝利・セーブともなし。先
発起用もこの2年間で何度か経験している。
 2001年は、オフに調整法の改善やフォーム解析などを取り入れたのが奏効し、シーズンをほ
ぼ通して中継ぎとしてフル回転。51試合に登板し、3勝1敗1S、3.43の好成績をマークした。
 オフに違和感に苛まされていた右膝を手術し、ほぼ万全の体制で臨んだ2002年は、中継ぎの
一番手として定着。序盤は故障で出遅れた玉木の代役でセットアップを務め、その後も勝ちパ
ターン、負けパターンを問わず登板。シーズン終盤に来て時折打ち込まれるなど不安定さも見
せたものの、シーズンを通じてベンチ入り。小山田がクローザーに定着したこともあってセー
ブこそなかったが、ルーキー時に次ぐ52試合(チーム最多タイ)に登板し、4勝5敗、3.18と好成
績を残した。
 しかし2003年、沖縄キャンプ開始2日目に右臀部を痛め、早々に離脱。検査の結果、椎間板ヘ
ルニアと診断され、即手術。リハビリ後、二軍で調整。ようやく合流できたのは9月に入って
から。9日の中日24回戦(尾道・しまなみ)で2/3回を投げたのがシーズン初登板となった。
だが、5試合目の登板となった26日の横浜27回戦(広島市民)では、先頭の鈴木尚に二塁内野安
打を打たれたのを皮切りに、T.ウッズ・中前打、村田・投犠打、金城・四球で一死満塁とする
と、中村に左中間へ11号満塁本塁打を被弾し、シーズン初失点。結局これが仇で二軍降格とな
り、そのままシーズン終了となった。プロ入り以来最悪のシーズン。オフの契約更改では年俸
も大幅ダウンを喫した。2004年も故障に見舞われ、登板は僅か14試合。世代交代が進む中で、
今ひとつ存在感を示すことができず、2年連続で年俸もダウン。更には新球団・東北楽天ゴール
デンイーグルスへの供出選手としてリストアップされるなど、不安要素は多い。


 01年以降は、ルーキー時ほどの直球のスピードはなくなっているものの、その分、フォーク
とスライダーを駆使したコンビネーションが光っている。
 因みに、駒田徳広氏(巨人−横浜)の通算12本目の満塁本塁打(通算13本は歴代3位)は小林が
被弾したものである(対横浜、98年5月10日、下関)。


 「新潟に新球場ができるまで(08年頃)、現役を続ける」と、01年暮れに地元に帰省した際、
トークショーで決意表明をしてみせた。ルーキー時ほどの派手な活躍こそないものの、中継ぎ
としてきっちりと仕事をこなす姿は、チームの郷里の先輩・三輪悟広報部長(新潟市工高出、
西鉄・太平洋−広島)にも通ずるものがある。
 体力的にもピークでもあり、円熟期へと向かう時期。直球に変化球を織り交ぜてコーナーを
攻める投球に、更に磨きをかけ、背水を脱してほしい。



出囃子:Queen/We Will Rock You

年 度 所属 背番 試 合  防御率   勝   敗   S 

1998 29 54 2.87 9 6 18
1999 29 35 5.86 3 7 10
2000 29 25 4.68 0 3 0
2001 29 51 3.43 3 1 1
2002 29 52 3.18 4 5 0
2003 29 5 6.00 0 0 0
2004 29 14 3.68 0 0 0

通 算 236 - 19 22 29










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